目を開くと、肌を刺す冷気から逃げるように毛布を手繰り寄せる。
しばらくの間そうして睡眠の延長を願っていたが、あまり長引くと最近増えた居候が我が意を得たりとばかりに部屋に踏み込んでくるから、いつまでもこうしてもいられない。

のそりと起きたルックは、ベッド脇に置かれた巨大な箱へ目がいった。
こんなもの誰が置いたのだろう。
寝る前にはなかった。居候――クロスだ。けれど掃除の時以外は入らないよう厳命してある。約束を破るような男ではないとそう長くない共同生活でもわかる。

「……レックナート様か」
あの人は今度は何を思いついたのだろう。
何にせよ、これでは邪魔だ。クロスに言って片付けさせようと床に下ろそうとしていた足で蹴りつけると、ことりと箱が揺れた。

「……何?」
「まったく。これだから嫌なんだ。だいたいなんで僕がこんなこと…」
触れてもいないのに箱に結ばれていたリボンがほどけ、蓋が開く。
中から現れた長髪の男は、ルックと瓜二つの顔を歪めて溜息を吐いた。

「…………」
「ササライが性格かわったわけでも新しい「キョウダイ」でもないから安心しなよ「僕」。ただの未来から来ただけ」
「……あ、そう」
「そもそも聞きたいことはわかるしその大半は答えられないものばっかなんだけどさ。この企画、企画倒れしてるんじゃないの。僕がここでひとつでも漏らしたら未来線変わるんだけど」
「誰に向かってしゃべってるのさ」
「そのうちわかるようになる」

「さっさと帰りたいし面倒なんでひとつだけ答えてあげるけど、ササライとの因縁はどうなったんだとか、あの夢はどうしたんだとかそういうのは答えないから」
「答えたら不都合でもあるの」
「僕自身と腹の探り合いとか不毛も甚だしい」
「……ずいぶんと口が達者になったんじゃないの」
「鏡見て言え」

「そもそもどうでもいいこととか僕も聞きたくないんだけど」
「ひとつくらいは答えないと帰れないんだよ。ひねり出せ」
「……髪。なんでそんな伸ばしてるのさ」
「随分見たままのを聞くね」
「他の思いついたのはたぶん全部だめなんだろう」
「まあね。たとえば●●●として●●を●●しようとしたけど●●●に●●●●されて、そのあと●●●●●●することになった――半分伏せられたな」
「何この仕組み」
「僕も知りたいこの仕組み。で、髪か。切ろうとするとうるさいのがいるから気付いたらこんなになった。以上」
「……ふぅん」

「……シグールが喜ぶだけな気がする、この企画……」
「その服は。かなり良さそうだけど」
「これは――●●からもらった布でクロスが作った」
「ねえ、何年後なの僕。あの居候、まだ居座ってるわけ」
「僕はざっくり200年後からだよ」
「に、ひゃ、く?」

「……気付いたら質問三つ答えたからね。もう行くよ」
「待って!!」
「最初に、答えられないって言ったじゃない」
「待ってよ、待って! じゃあシグールやクロスと、僕は200年も」
「言えない。生きてればわかるよ」
「僕は――僕は生きてる?」
「言えない」
「……200年、耐えられた。のか」

「――ちゃんと、僕を見てくれる人がいるから」



『僕』はどうする?



霧のように姿を消しながら。
かすれる声は、そこだけはかろうじてルックの耳に届く。

ぱたぱたと足音がして、コンコンと扉にノックが聞こえた。
「ルックー? なんか大声聞こえたけど大丈夫?」
「うるさい」
「ご飯できたよ」
「……うるさい。あとで行く」

扉の外から聞こえた声に常の調子で返してから、顔と声は同じでも髪の長さも表情も、今の自分とは全く異なる「ルック」を思い出す。


この衝動と絶望に勝る何かを、いつか自分も手に入れるのだろうか。





***
ギャクにしようとしたけれど根本的にルックのこのへんって黒歴史とシリアスの塊だったんですよね。
なんでこんな企画にしたのか。ごめんねルック。

たぶんルックについては、自分が200年後に生存しているかについての質問もかなりギリギリアウトラインくらいの質問です。