冷えた空気に目を覚ました。
夜半すぎにようやく自室に戻り、数日ぶりに整えられたベッドに潜り込めた。
夜明けまで仮眠を取るつもりだったが、ぼやけた視界に入った窓の外は、まだとっぷりと暮れている。
どこからか吹き込む冷気に窓を閉め忘れたかと緩慢な動作で上半身を起こすと、ベッド脇にどっしりとした重量物が置かれていることに気付いた。

前に垂れた髪を鬱陶しげにかきあげ、人一人簡単に入れそうな大きさの箱を凝視する。
屈強な戦士でも気後れしそうな鋭さを持つ目にも、無機物であれば微動だにしない。
ベッド脇にあるサイドデスクの明かりに火を入れると、炎の色に薄くに染まる白い箱と、青っぽい色味のリボン飾りが目についた。

「…………」
だいぶはっきりしてきた視界で窓を見やる。
僅かに開いている気もするが、あの窓の大きさではそもそもこの箱は運び込めない。
さすがに室内で組み立てられていたら起きたはずだ。

さて、どう処理しようか。
しんと静まり返った冬の夜中。時間だけがしばらく過ぎ。

箱が揺れ、飾りが独りでに解けた。

「……誰だ」
「そう睨むな。あいつらの暇潰しだ」
息苦しかったのか顔を出したその人物は、ラウロを見て苦虫を噛み潰したような表情をしたまま答えた。
ラウロ自身、今同じ表情をしているのだろう。

なぜなら。
箱から出てきた顔は、面影どころではなく「自分」と思える特徴を色濃く持っていた。





***





「……本当に本人なんだろうか」
「疑うなら五歳の時に姉さんにヘッドロックをくらった話をしようか。それとも十六歳の時にシグールに追い掛け回せレた話がいいか。それとも十七歳の時にリーヤに」
「わかった。お前は俺でいい。で、何をしにきたんだ。おおよそ……十年か、もう少し、か。思いの他老けてるな」
「二十年何も変わっていなかったらあいつらの仲間入りだろう」
「イックはどうなんだ」
「……あれは別の何かだと思っている」
「(変わってないのか)」

「で、何をしにきたんだ」
「有体に言えば3つ、質疑応答をしようという酔狂な企画だ」
「本当に暇潰しなんだな」
「愉快犯なのはこの頃からだろう」
「違いない」

「とはいえ、世界の分岐に関わるようなものは謎の規制が入るから期待はするな」
「先程の本人確認なども質問には入るのか」
「そうしている奴もいたが、そうするともう終わることになるからやめておこう」

「……といっても、終わってもらっても構わないんだが」
「というのは」
「特に思いつかない」
「だろうな」
「見た感じそうだと思うが……五体満足だろう?」
「最近少し視力が落ちたくらいか」
「それだけで二十年後も今とたいして変わらない生活を送ってると想像がつくからな……。俺の性格上、こんな戯れに付き合っていられるだけの余裕があるというだけでだいたいのことはわかる」
「この企画に向かないな、俺は」
「幼少期ならともかくこの年齢な上、国ひとつひっくり返した後だからな。ここから劇的に性格が変わることもないだろう」
「三十路になって性格改変は困難だろうな。どこかの神官長は数百歳になってから転身したらしいが」
「あれは特殊例だろう」

「他に何かあるか?」
「先程のを入れてもあと二つか……。質問をしないという選択肢は」
「使い切らないと俺が元の世界に戻れないから捻り出せ」
「……リーズはリアト離れできたか?」
「できていると思ったのか」
「これくらいしか質問消費が思いつかないんだ……というかそうか。できないのか」
「この頃よりは多少はマシだ。安心しろ」
「むしろ今をどう乗り切るかを教えてほしいくらいだ……」
「俺が苦労したんだ。やれ」
「なんか地味に性格割増されてないか……ああ、三つめ……」
「どうした」
「いや、けど……」
「…………」
「……その、髪なんだが」
「ああ」
「短くしたのは、まさか」
「安心しろ単純に手入れが面倒になっただけだ」
「そ、そうか」

「……今少し、ジョウイの気持ちが理解できた気がする」
「できれば一生理解したくないな」
「まったくだ」
「銀髪は目立つからな。色々」
「兆候はないが警戒に越したことはない。気をつけろよ」
「善処する」





***





「……行ったか」
瞬きひとつで空箱だけを残して姿を消した未来の自分とやらに、ラウロは溜息を吐いた。
最後、かなり微妙な話題で未来の自分との邂逅とやらが終了したが、果たして首謀者は満足したのだろうか。

窓の外を見れば、薄らと空の端が明るくなっている。
「結局ほとんど寝れなかったな……」
室内にも関わらず白くなる息を吐き出して、本格的に起きる事にした。
どのみち目が冴えてしまったから二度寝は無理だ。というか朝議の準備がある。

上着を羽織り、脇に立てかけてあった剣の鞘を掴んだ。
今日はどこかで時間を作って、最近できなかった分も振るおう。






***
L終了後の新米宰相ラウロと、二十年後もまだ宰相やっているラウロさん。(W終了して更に時間経過後)
ラウロは聞きたい事はたくさんあるのだけれど、グレーゾーンだったりアウトだったりするのでやめた結果とてもひどいことになりました。