目を覚ましたら、部屋に巨大な箱があった。
すぐさまあたりに警戒を走らせたものの、侵入者の気配はない。
当然といえば当然だ。この寝室に立ち入れる者は、自分以外はいないはずだ……一瞬盲目の術師が脳裏を過ぎったが取り払う。

薄青色をした箱には白と水色のストラプのリボンがかかっていて、やけにかわいらしいチョイスにいっそ悪意を感じる。
……またもやあの姿が脳裏を過ぎった。

警戒も露に、何か異変があれば紋章すら発動を辞さない構えを取ったヒクサクは、その数分後、しゅるりとひとりでにリボンが解ける瞬間を目撃した。



\ ぱかっ /



「やぁ。ハッピーバースデー私」
「……何者だ?」
「鏡を見ないのかい君は?」

開いた箱の淵に頬杖をついてにやにやとした笑みを浮かべている顔はヒクサクと瓜二つだった。
一瞬あの双子を思い出したが、それにしては外見がやや上だ。

「誰だ」
「鏡を見たことないのかい?」
「…………」
「どんなに姿形を似せたところで、紋章まではコピーできない」
そろそろ認めたらどうかな、と笑う男は、髪の長さこそ違えどヒクサクと同じ紋章の気配をまとっていた。





***





「つまりね。私は君の200年後の世界から、君に3つの質問を答えるために来たというわけだよ」
「…………」
「うん、そういう目になる気持ちはよくわかる。私も昔は散々なったからね」
「……こんな思いをまだ何度もするのか」
「そうだね。600年生きて、大抵のことは終わったと思っていたけれど。意外と初めての経験は世の中に溢れているものだ」
「その顔をやめろ」
「この頃の私は、うん。たいていそんな苦い顔をしていたっけね」

「しみじみ言わないでもらえるかな……その髪はどうしたんだ」
「なかなかいいだろう? 割と動きやすくていいよ。肩も凝らないしインクをつける心配もない」
「切らないと定めたはずだったが」
「割とすっきりするものだよ。ちなみにササライが切ってくれている」
「は、ぁ?」
「あの子、意外と手先が器用でね」
「私が誰かに背を任せるという姿が想像つかないよ」
「だろうね」

「……しかし本当に変わるものだな」
「そうだね。私はこの頃の私の表情の変化が面白い。色々変わったものだね私も」
「性格からして変わっていないか」
「そうかい? 元々こんな感じじゃなかったかな」
「そうだったか……いや、少し違うと思うが」
「まぁ、楽しむが吉というのを覚えたというかね。周りが楽しそうで1人だけ辛気臭いままでいるのも空しいと気付いたのさ」
「……・しかし」
「唯一は揺らがないけれど、永遠の命をただ枯れたまま生きるのもつまらないだろう。そう教えてもらった」
「…………」

「さて、話題を変えよう。何か聞きたいことはあるかい」
「……何がそんなに私を変えた?」
「それを言ったら面白くないんじゃないか? 割と、あの衝撃があったからこそというのもある」
「質問に答えるんじゃなかったのか」
「今の私を変える選択はしかねるな。けど、悪くない驚きだった」
「はぁ」
「今では孫までいるからね」
「……は?」
「生の刺激はいいものだね。そして孫はいい。本当にいい。かわいらしいし、懐いてくれる姿は本当に愛らしい」
「待て、孫ってなんだ。いつ結婚した……するのか私が!?」
「さて、3つ答えたから私はそろそろ帰るよ」
「まだ1つしか答えてないだろう!!」
「何度も驚くのかということと、髪のことに答えただろう?」
「あれもカウントされるのか!」
「もちろん」
「宣言なしか……」
「そんなもの、君が一番よくわかるだろう」
「……ちっ」
「息子も娘も可愛いからね。200年後に君にも分かるよ。その時にまた会おう。私」





***





「……はぁ」
「どうされましたか、ヒクサク様」
「……お前、近いうちに結婚する予定でもあるのか」
「は……は、ぁ? ありませんが。私の存在意義は真の紋章を集めることで、そのようなものに現を抜かしている暇などありません」
「そうだよな……孫、なぁ」
「(???)」

心底不思議そうな顔をするササライに、ヒクサクは溜息をひとつ堪えた。



***
ヒクサク十年目でした。
書きながら200年でこの人何がどう変わったんだっけ…と思う程度に200年後のヒクサクがしみこんでいるようです。

(実はこの人が200年間でササライルックの認識変わってレックナートとアレコレになって孫ができてと身辺の充実が半端なかったのでこれが一番書きたかったためのシリーズだったりします。)