これはとある百万世界でのお話です。
とある海の奥底に、人魚の国がありました。
人魚の国にはとある掟がありました。それは、成魚の儀式を行うまで海の上へ出てはならないという掟でした。
一番末っ子である人魚姫は、姉達が外の世界について楽しそうに語るのをいつもうらやましく思っていましたが、成魚の儀式を間近に控えたある日、
とうとう待ちきれずに人魚姫はこっそりと掟を破って海の外へと出てしまうのでした。
初めて見る空や月や星は人魚姫を虜にし、それから毎晩のように人魚姫は海の上へと出るようになりました。
ある日、人魚姫が海の上へあがると、大きな波がそこかしこにできていました。
その晩は大きな嵐が起こっていたのです。
そして人魚姫は嵐の中、沈没寸前の船を見つけ、一人の人間を助けました。
近くの浜辺へと連れていったところで、近づく人影に気付いて、人魚姫はあわてて海の中へと戻りました。
助けた人間に名乗ることも、姿を見せることもなく。
海の上へと出た事がバレた
人魚姫は大層怒られましたが、それからまもなくして成魚の儀式を行い、晴れて堂々と外へと出られるようになった人魚姫は、早速その人間に会いに行きました。
しかしその人間――人間の世界でいう王子――は、あの日倒れていた彼を発見した娘を命の恩人だと勘違いをしていたのです。
けれどどうしても王子を諦めきれなかった人魚姫は、海の魔女へ頼み込んで、人間になる薬をもらいました。
薬の代償は声。
そしてもし恋が成就しなかった場合、その身には恐ろしい呪いが降りかかると聞かされました。
薬を飲んだ人魚姫は、傍使えとして王子に近づきましたが、王子は人魚姫が本当の命の恩人であるとは気付きません。
そしてとうとう、王子はその娘と結婚式を挙げる事になりました。
婚前旅行の
船の上、残り短くなった時間を途方に暮れながらすごしていると、海の上へ顔を出した姉達が、人魚姫にナイフを手渡しました。
この剣で王子を殺せば、あなたは呪いを受けなくても済むのよと。
けれど人魚姫は首を横にふりました。
そんなことまでして自分の命を永らえさせたくはありませんでした。
私はこのまま静かに泡になりますと微笑んだ人魚姫に、姉達は顔を歪めました。
「……何を言っているの人魚姫。あなたがなるのは泡ではないわよ」
「あなたがなるのは魚人よ?」
***
「悲恋物語がぶち壊しじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
机を叩いて叫んだジョウイに、陣頭指揮を取っていたシグールが口を尖らせる。
「何が不満だよ魚人姫」
「命より愛を取った人魚姫に心を打たれる物語だよねこれ!?」
「シュールだね……」
「というか、これを今の本拠地で上演するのはブラックジョークどころの話じゃないですよ……」
さすがにちょっと、と苦笑いを浮かべるセノに、シグールは「ええー?」とご不満のようだ。
「その事実を知った人魚姫は、ナイフを振りかざして王子様を追いかけるんだ。沈みゆく船の上での追いかけっこ……スリリングだよね?」
「人魚姫はサスペンスじゃない! ていうか船いつ沈んだ!!」
「船の上の物語といえばやっぱりタイタニックじゃない」
「関係ない!?」
「テッドがいないとツッコミが全部ジョウイで大変そうだね……」
「ま、いないならいないで大変だと思うけどね」
魚人姫の欄にジョウイの名前を書きながらルックが言った。
王子様の欄には今どこかにおつかいの旅に出ているテッドの名前がすでに書かれている。