トラン湖のほとりに人影一つ。
うっかり見つけてしまったシーナは、苦い顔をする。
人影が誰かわかってしまった以上、知らないふりもできない。

「……おい、どうした」
斜め後ろに立って声をかけると、ゆっくりと振り向く。
その顔は泣いているようにも……泣いているようにしか見えない。

現在戦争まっただ中、というにはピークを過ぎて解放軍の勝利で終わりそうだったが、彼はこんなところでぶらぶらしていていい人ではないだろう。
自称および他称ドラ息子のシーナはともかく。
そこのところを思い出してもらおうと口を開きかけた時、がしりと片手を伸ばされて肩を掴まれた。
痛い。

「シーナ」
低い声で名前を呼ばれ、シーナは一気に引き寄せられた。
「うおっ!?」
「っだ……だ、ダイスキダ!」
耳元で絶叫されて、鼻が胸板で押しつぶされる。
女なら大歓迎だが男では大却下だ。
「…………」
当然シーナはいい笑顔を浮かべてみぞおちに一発殴りこみ、フリックをトラン湖に沈めた。
バッシャーンといい音を立てて落ちたフリックがブクブクたてる泡を見下ろしてから、ちらっと横へ視線を走らせる。


「あぁあああっ、よりによってシーナとか最悪ー!」
木の影で呻いていたシグールのバンダナを引っ掴んで引っ張りだす。
「おいシグール、なんだ今の」
「最初に声をかけてきた人に抱きついて大好き! って言う罰ゲーム」
「戦争は」
「とっくに終わったよ。あーあ、せめてルックとか女性陣を期待してたのになー」
戦争中なのにこんなところうろついてないでよと他人顔した軍主に言われ、シーナは内心だけフリックに合掌して終わっておいた。

今が冬じゃなかっただけマシってことで。