指南を終えて階段を上りかけると、上の階の手前のドアが開いていた。
その外側に立っていたのはリーヤで、何やら声を荒げて中の人物と会話をしていた。
そこが軍師の部屋であるという事は誰でも知っていることだから、必然的に話の相手も誰であるかはすぐに分かる。
イックの位置からラウロの声は聞こえなかったし、リーヤの表情もドアで隠れて見えなかったが、彼がここまで負の感情を剥き出しにしているのを見るのは初めてだった。
「ラウロの格好つけ!」
叫んでリーヤが一歩退いた途端に、ドアが壊れそうな音を立てて思い切り中から閉められた。
「……ラウロのバーカ」
リーヤは閉じられたドアを顔を歪めて小さく吐き捨てたが、階段を上りきったイックに気付くと、気まずそうに頭を掻いて笑った。
「よー」
「…………」
「……変なとこ見られちまった、かなー?」
乾いた声で小さく笑って、リーヤはイックの手に持たれている槍を示して尋ねる。
「今訓練所からの帰り?」
「ああ」
「俺も行ってくっかなー……まだ誰か残ってた?」
「弓隊はまだやっていたな」
「そっかー……」
乾いた笑みを貼りつけてリーヤは
少し足早にイックの横を通り過ぎようとする。
その腕を掴んで、イックは近くの部屋に引っ張りこんだ。
軍師の部屋に一番近い部屋はリーヤの部屋だ。
相手が同じ軍の仲間だからか、いきなり自室に引っ張り込まれても不思議に思いこそすれ腕を振り解かないリーヤに口端を歪めて、壁に彼の体を押し付けて唇をふさいだ。
反射的に振り上げられた手を反対側の手で掴む。
カラン、と持ち手を失った槍が床へ落ちた。
「っ、んー!」
突然の出来事に、リーヤは不自由な手で尚拳をぶつけてくるが、訓練後もあって胸鎧をつけている上に近距離すぎて威力はほとんど伝わってこない。
逃れようとする体を押さえつけて、長いキスをした。
「……なに、すんだ、よ」
ようやくイックが口と手を離すと、リーヤは顔を真っ赤にして、口元を腕で拭いながら睨みつけてきた。
けれど泣きそうな表情は劣情を煽るしかなくて、
掠れた声での問いに、イックは口元を吊り上げた。
***
「…………」
「…………」
「…………」
「ねえ、リー」
「リアト今見たものは忘れろ。いいな」
「…………」
口元は笑っているけれど目がちっとも笑っていないリーヤの笑みに、リアトはこくこくと何度も何度も首を縦に振った。
普段豪快に笑う事の多いリーヤがこんな風に微笑むのは滅多になくて綺麗だけど、怖い。
談話室の机の上に置かれていた本を見つけたのはリアトで、誰の者だろうと手にとって見ていたところに現れたのがリーヤだった。
手作り感のある装丁は日記帳にしては薄っぺらくて、きっと誰かの忘れものだろうと思ったのだけれど、ちょっとだけ興味が湧いてリアトは本をめくったのだ。
薄い本ならリアトでも読めるかなと。そしたら持ち主が見つかったら貸してもらおうかと。
その興味は結果的にリーヤの冷えた笑みを獲得した。
リーヤはリアトの手から本を奪い取って、ぱらぱらと後半へとページを捲っていく。
リアトにしてみればそんな速度で内容が理解できるのかと驚くものだったけれど、リーヤの表情がどんどんと変わっていくので理解できているのだろう。
そんな顔をするくらいなら見なければいいのにとは思うけれど口にはしなかった。
「……く、っくっくっくくくくくくく」
「リ……リーヤ……?」
「ちょっとイック探してくる」
「イックは関係ないよね!?」
「俺がどうかしたのか?」
「ちょーどいいところにー」
「イックきちゃだめぇぇぇぇぇぇぇ!!」
落ち着いてよと袖を引っ張ってリーヤを止めようとしてたところに最悪のタイミングでイックが現れ、しばらく談話室周辺が危険地帯になったのはいうまでもない。