<断髪>



「……そろえるくらいでいいですか?」
「任せるよ」
自分は理髪師ではないのだから丸投げされると困るんですけどね、と心中では思いながらササライは鋏を取る。
上司なので口にはしない。口にしても怒ったりはしないと思うが、それを言うならそもそも上司の髪を切っているところから追求しないといけなくなる。

短くなってしまった部分に合わせて、長いところをざっくりと切ってしまう。
首筋が見えるくらいになったところで、バラバラな髪の毛先をそろえるべく、そっと鋏を入れ直した。
自分とよく似た髪質のものを切るのは不思議な感覚だ。遺伝子は同じだから当たり前だけれど。
「ちゃんとした理髪師を呼びますのに」
「それも手間だろう。君達くらいしか会わないのだし」
「…………」
言われてしまえばその通りだが、あまりにも大雑把すぎる感覚ではないか。
今切っているのは短いと後ろがよくわからないからと言われたからだ。

そもそもそうなったのは、枝にからまったからとヒクサクが自分でざっくり切ってしまったからだ。
そのままの状態で部屋まで戻ってきていたものだから、見つけたササライはさすがに怒った。
怒って、なぜか髪をそろえる事になっている。


考え事をしながら切っていたら、しゃきん、と少し深く鋏が入ってしまった。
少し鋏を止めて考えて、再び切り始める。
素人に任せている時点で多少のミスは勘弁してもらわなくては。
それに、内側の方だったから、梳いたとでも称しておけばいいと自分で言い訳をしておいた。
「長い間はどうしていたんです?」
「自分で適当に揃えていたよ?」
「…………」
「これからはそれもできなくなりそうだね」
「また伸ばす気では?」
「それだね……短くしたら、少し初心に返った気がするし、当分はこのままでいようかなと」
「……僕が初めてお会いした時には、長かったですよね」
今度は外側の毛なので失敗しないよう慎重に切りながら問う。
「まだこの国ができるくらいの頃かな、短かったのは」
「…………」
それは数百年前、まだこの人が人間であった頃のことだ。

驚いて鋏が止まる。
それだけの年月を長いままにしていたといと、ヒクサクの口から昔のことを聞いたのが初めてだった。
髪を当時に近くしたことで、当時を思い出したのか。
思わず鋏を動かす手を止めていたササライに、ヒクサクが何を感じとったのか、笑いながら言った。

「別に今までは聞かれなかったから言わなかっただけで、タブーとしているわけではないよ」
「そう、なのですか」
「思い出を語る歳も過ぎたしね」
相手もいないしねと珍しく寂しそうに笑ったヒクサクが言うには、もともとは威厳を出すために伸ばしだしたのだという。
「今となってはそれが必要な相手と会うこともないしね」
「……別に、外に出てはいけないということもないと思いますが」
「いいのかい?」
「きちんと護衛をつけて、仕事を片付けた後であれば、多少の時間はここを離れても支障はないと思います」
「脱走していた君が言うといささか説得力に欠ける気がするけれどね」
「……今はしていません」
ご存知だったのですかと気まずげに笑ったら、君の行動くらいは知っているよとあっけらかんとした返事がきた。






道具を片付けながら、すっきりした襟足をいじっているヒクサクに尋ねた。
「少し切りすぎましたか?」
「いや」
あまり切らないとすぐにまたお願いしないといけないからねと言われて。
また僕なんですかとか、手の器用さだったらどうせならクロスに頼んだ方がいいだろうにとか、だからちゃんと理髪師にお願いしたらいいのにとか色々考えたけれど。

その間思い出話をまた聞かせていただけるならとササライは笑顔で答えていた。
 


 

 

***
親子の関係も緩和……。
むしろヒクサクの性格が地になってきた(げふん