<兄弟>

 

無期限滞在中のササライは、手持ち無沙汰……でもない。
書物室に朝からこもって、ずっと本を読んでいる。
マクドール家の書庫にはハルモニアにあるものとはまた少し違ったものもあって面白い。

「……なにしてんの」
「――あ」
不機嫌な顔と声で、部屋に入ってきたルックがササライの前に腰掛ける。
手にしていたカップをダンと目の前に置いた。
彼の右手にもカップはある。
という事は。

「……これ」
「無味無臭だから気にしないで飲めば?」
「…………」
鮮やかな赤色の液体。
これは匂いからして紅茶。
という事は無味無臭なのは、つまり……

ササライは逡巡したが、溜息をついてカップを取ると液体を口に含む。
それを見ていたルックは、僅かに眉を上げた。
「毒を入れるほど愚かな弟ではないと思って」
「……」
「それで、何をしにここへ――なに?」
じっと見つめてくる自分と同じ顔を見返す。
ただ、自分より少し髪が長くて、常日頃険しい顔をしているので余計に綺麗に見えると思う。
ササライもルックも元はヒクサクだが、どっちがより似ていると聞かれると多分ササライの方がヒクサクに似ている。
育った環境の違い――だろうか。

「べつ、に」
「……そうか」
ぱらとササライが積み上げていた本に手をやり、数ページめくって戻す。
何をしたいのかわからない相手にササライは僅かに苛立って、本を閉じた。
集中できやしない、せっかく希少な本があるのに。
「何が言いたいんですか」
「……クロスが」
「?」
「――似てるって煩いから、確かめにきた、だけ」

否定してやろうと口を開こうとすると両手に紅茶の入ったカップを押し付けられて、ササライなら書物室だよと笑顔で言われ、向かってみれば自分がかつて読んだ覚えのある本ばかり。
しかも読破順序まで同じ。
寧ろ違うのは表面だけな気が本人なのにしてくる。

ルックの言葉にササライは首をかしげ、紅茶をもう一口飲んだ。
「ねえ」
「ん?」
「なんで僕には敬語じゃないのさ?」
「え?」
「なんで僕には敬語じゃないのさっ」
そう言われてみればと思い立つ。
ほら一応兄弟で僕の方が上だし……でも兄弟といっても例のデュナンの騒動時が初顔合わせでそれまでは存在すら知らなかったわけで。

「なんでだろう?」
「…………」
無言で溜息を吐かれるとなにやら空気が痛々しい。
「あのね」
ルックが切り出した。
「僕はね、別にあんたと仲良くするつもりはないんだよ」
「僕もないけど」
「だけどね、クロスが煩いわけ」
「だから?」
「……会話をする努力くらいしてくれない?」
「別に僕がそうする義理はないと思うけど」
そう答えると拗ねたようにそっぽを向いた。
さらと肩を滑る髪を見ていて、少し大人気なかったかと反省する。
……一応、こっちが上なわけだし。
過去に色々あったけど多分こっちもそれは同じなわけで。
ええと、会話会話……会話?

ほとんど仕事絡みの会話しかした事がなかったから、こういう時にどんな事を話せばいいのか分からない。
例えば何を言えばいいのか。
共通の話題……話題……。

「レ、レックナート? のことだけど」
「……レックナート様」
「そう――どんな人?」
「……変人」
「一応自分の育て親なんだよね」
「それを言ったらあんただって、ヒクサクが育て親なんじゃないの」
「とはいえ最初の頃なんてほとんど面識もなかったし……あ」
「何」
「……ちょっと嫌な事に気付いた」
「何さ」
「僕がヒクサク様のところで育って、ルックはレックナート……様のところで育てられた」
「そうだね」
「で、僕とルックは兄弟だ」
「不本意だけど」
「……それって、父親と母親に別々に育てられた兄弟って図じゃない? 一般的に」
「…………」
「その場合、むしろ父親と母親が仲良くしている方が自然?」
「……そもそもレックナート様は母親じゃないから」
考えすぎて頭のネジぶっ飛んでんじゃないのと冷めた目で見られて、我に返った。


額つき合わせて会話することしばし。
話題はずっと延延例の二名。
「クロスが息巻いてる」
「ウエディングドレスに?」
「そう、近々やるよあれは」
「ヒクサク様は……」
「ヒクサクは、あんたが騙して何とかすれば」
「僕か」
「面白そうじゃない」
「……否定させてくれ」



 

***
ササライとルックがセットだとクロスがすごく喜ぶと思います。


「仲良くなってるねー」
「どっちかと言うと「バカップル過ぎる親に呆れた双子」って感じだが……」
「ルックもお兄さんと和解して嬉しそう?」
「……嬉しそうか?」