<相談>
この忙しい時に休暇申請。
部下には正気ですかササライ様と言われたが、はっきり言って正気も正気。
……むしろ、正気だからこそといえる。
なんていうか、ヒクサクの前に真顔で立てる自信がこれっぽちもない。
休暇申請をしたら、一番忙しいはずのヒクサクが期限未定休暇とかいうふざけた代物に「無期限」と快諾してくれたのも憶測に拍車をかけた。
(実際には終わるメドが彼なりに立っただけだったのだが。)
「……しまった」
休暇申請をし、かといって家にいるのも堪えられないので見知った人のいないところに逃げようと思い、荷物をまとめたのはいいのだが。
どこに行けばいいのかさっぱりだ。
「どーするかな……」
いつもの執務に追われているきりっとした表情ではなく、どことなくぼけ〜とした気の抜けた顔で空を見上げることしばし。
「……立ち直れそうなところ……」
とにかく、休暇明けには執務のできる状態になっていないと。
なら、悩み事を解消するには何が一番良いかって、他人に相談することだ。
しかし、事が事だしそもそもヒクサクとレックナートの存在を知っていないとどうにもならない。
「いるじゃないか」
遠方だが、どっちも知っていてかつ相槌打ってくれそうな相手が。
彼とはいつ知り合ったか昔過ぎて忘れたが、対トラン貿易の要なので面識が深い。
ここから真直ぐ向えば……まあ一週間ほどで着くのではないか。
馬を用意させながら、ササライはきゅっと唇を結ぶ。
どうにもならなかったら、本気でこの国を見納めになる気がした。
午前で仕事を終わらせ、肩をとんとんと叩きつつ、伸びをしていたシグールは執事長の言葉に眉を寄せる。
「なんだって?」
「お客様でございます」
「客?」
例のメンバーはまず執事長が「お客様」と称さないし勝手に入ってくる。
しかし、それ以外で私的な客人はまず来ない。
取引相手……はアポなしで直接屋敷に押しかけてくるわけないし。
「名は?」
「ササライ様と」
「ブッ」
噴き出したシグールは、額に手を当ててえ? ええ? と呟いていたが、やおらすっくと立ち上がって分かった、と答える。
「客間に通してくれ、お茶の準備を」
「かしこまりました」
一礼した執事が出て行くと、シグールは部屋から出、階段を下りとあるドアをノックした。
「テッド」
「……あ?」
中から出てきたテッドの腕を引っ張って、あのね、と言う。
「ササライが来た」
「はぁ!?」
目を点にしたテッドを引っ張って、シグールは客間へと向かう。
そこに通されていたササライは、落ちつかなげに座っていたが、入ってきたシグールとテッドの姿を見て微笑んだ。
「お久しぶりです」
「いや、挨拶はいいから。何があったの」
「……ええとですね」
切り込んだシグールに、ササライは視線を落として呟く。
「その……どう話せばいいか」
「わざわざ僕のとこまできたんだ、なんかあったんでしょ?」
「ええまあ……ただ非常に個人的なことというか私自身の事でもないのですが」
「え?」
ええと、と呟きながらササライは言いにくそうにしていたのだが、こほんと空咳をして一気にぶちまけた。
「ヒクサク様とあの人がこの間森の中で膝枕をっ」
「ヒクサク? ってあんたんとこの上司でしょ」
「逢引現場でも見たのか」
「やめてください逢引とか生々しいあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
いきなり頭を抱えたササライはどうやらかなり重症らしかった。
「へえ、あのヒクサクにそんな相手がね」
「どんな女性なんだ」
「……あの人です」
「いやわかんねぇよ。見たことねーんだから」
テッドの突っ込みに、ササライは顔を上げて言った。
どことなく達観した笑みを貼り付けて。
「……あれを育てたあの人です」
「……あれて」
「僕の――あれです」
「え?」
思わずシグールは聞き返した。
話がわからなかったからではない、わかってしまったからだ。
「あれて、もしかして、風の」
「……それです」
「の、育て親って」
「あの人です」
残念ですがヒクサク様の相手はあなた方の知らない人じゃないですよ知ってる人ですよ。
「「待て」」
全く同じリアクションでストップポーズをかけたシグールとテッドは、色を失った顔でササライに詰め寄った。
「レックナート様とヒクサクが」
「はい」
「膝枕」
「……はい」
「お前、疲れてるんだろう、幻覚だな」
しみじみと同情たっぷりに――ではなく、そうであってくれと願うようなテッドに、ササライは首を振った。
「事実です」
「「…………」」
黙ってしまった二人に、おろおろとササライは視線を送る。
次の瞬間。
「あーっはっはっはっはっはっはっは」
シグールは大笑いをはじめ、
「プっ……くっくっくっくっく」
テッドは小声で肩を震わせた。
「私はどうすればいいんでしょう……?」
視線のやり場に困ったササライが呟くと、シグールがいい笑顔で肩に手をポンポンと置いた。
「ササライ、君は僕の永遠の友達だ」
「……は、ぁ」
「こんな愉快な話を真っ先に僕に持ってきてくれるとは。まってて、あと二人呼ぶから待っててよ」
「……はい?」
踊りそうな足取りで客間から出て行ったシグールを、笑いながら見送ったテッドは、足を組むとササライに視線を向けた。
「で、一部始終をゆっくり話してくれ」
「……あ、え、ええ……」
一部始終をササライが話し終わったころ、ご機嫌の坊ちゃんが戻ってきて、同じ話をもう一度リクエストしたのは言うまでもない。
私はこれからどうすればいいんでしょうと、半分涙ながらにぼやくササライの愚痴をうんうんと頷きながら聞いていた二人だったが、そこへ入ってきた客二名は入口で固まっている。
「な……んでいんの」
「シグール、「世紀の彼方探してもないくらい笑える話だから急いで来い」って……なんでそれでササライが?」
んな文章送ったのかお前はとテッドは突っ込んだが、その実間違ってはいない。
「嘘じゃないよ。話を持ってきたのがササライなんだ」
「かえ」
「はい、るっくんこっち」
回れ右をする寸前、ぐいっとクロスに腕を引っ張られ、隣に座らされたルックはじとーっとした目でササライを見る。
見られるササライも似たような視線を返す……元気はないらしく、泳がせていた。
その様子に尋常では無い物を感じたのか、ルックが首をかしげる。
「で、なんなの?」
「簡潔に僕から説明しようかササライ」
「お願いします」
何度も同じ説明をさせるのもかわいそうだとササライから説明役を引き受けたシグールは、いい笑顔で要約した。
「簡単に言うとヒクサクとレックナート様熱愛発覚☆ って感じかな?」
「…………は」
「…………い?」
「だから、ハルモニア神官長ヒクサクと我らがレックナート様の熱愛発覚」
「どこの週刊誌のパロディなのシグール」
「冗談だよね?」
「いや、マジ」
「……ササライ」
地を這うごときな声のルックの問いに、ササライは肯定した。
「……っくっくっくあっはっはっはっはっは」
「…………っ」
堪えようとしたが堪え切れず大笑いを始めたクロスに、それに寄り添うようにして小声で噛み殺すルック。
どっちも延延と笑い続け、横隔膜が限界を訴え始めてようやっと息を継いだ。
「レ、レックナート様がっ」
「ヒ、ヒクサクとっ」
あっはっはっはっは。
あっはっはっはっは。
笑いはカルテットとなり、客間に怪しく響く事しばし。
「……いやぁ、ありがとうササライ」
目尻に浮かんだ涙を拭いつつ、クロスが言う。
横で笑いこげていたルックも軽く咳き込みながらようやく戻ってきた。
ちなみにテッドはまだ口元を押さえているから笑いの余韻が残っているらしい。
「これはお祝いしなくっちゃ」
「お、お祝い……?」
「赤飯かなシグール」
「ケーキもねクロス」
「お祝い品も見繕わないとなルック」
「まず一言でカードでしょ」
「あの……」
「ササライ休暇中なんでしょ? アテがないならいくらでもここにいていいよ」
「おう、歓迎するぜ」
「……ま、こういうことならね」
「じゃあ僕らもここにいようかな」
にっこり笑顔を四人に向けられ、よくわからないままササライは頷いた。
とりあえず、話してすっきりしたものの、相談役としては間違えたんじゃないかなと思った。
***
ササライは交易関連でシグール&テッドとは会っています、何度か。
初対面ではさぞかし笑ったことだろう、坊が。