<花結>
ササライが休暇申請をしてきた。
仕事のメドも立ったしあれは普段働きすぎだからいい傾向と判断して快諾したが、しかし期限未定とはどういうことだろうか。
聞くところによると馬を用意して出て行ったらしいから、小旅行にでも行ったのだろう。
日頃から休まない彼が旅行で体と心を休めるのはいい傾向だと、ササライがどんな思いで出て行ったかなど微塵たりとも察していないヒクサクは、そんな事をのんびりと思いながら、残り少なくなった書類を片付けていた。
ちなみに自分がどんな誤解を受けているかも全く知らない。
残りの未処理の書類の束を捲って、この分なら思ったより早く終わりそうだと見切りをつけ首を回す。
この間の休息が良かったのか。やはり根を詰めすぎるのは良くないらしい。
……となると、あれのおかげという事になるのだろうか。
心持首を傾げながらヒクサクは思案する。
するとこの場合、礼のひとつでもした方がいいのだろうか。
この場合レックナートが勝手に連れ出したという形になるので礼の必要など全くないのだが、変なところで律儀なヒクサクは、どうしたものかとペンを指先で回す。
昔は来る度に文句を言っていたというのに、それが当たり前となっている状況に疑問も抱かなくなりつつあった。
そして、それ自体に気付いていない。
ササライが旅に出たくなるのも当然といえば当然だった。
何かいいかとしばらく考えていたヒクサクは、先日小耳に挟んだ話を思い出した。
あれくらいならかさばるものでもないだろうし、あって困るものでもない。
丁度書類を持ってきたササライの代役……ササライ直属の部下である女性に頼む事にした。
例によって例の如く転移で姿を現すと、ヒクサクは珍しく書類仕事もせずに椅子に腰掛けていた。
何もせずにここにいるのは珍しい。
仕事をしていない時のヒクサクは大抵寝室に引き上げている、それくらい他に何かをしているのを見た事がない。
この時間ならまだ仕事をしていると思ったのだが。
「ああ、来たか」
気配で目を開けて、ヒクサクはレックナートに体を向ける。
「わざわざ待っていてくださったのですか?」
「今回はな」
苦笑交じりにヒクサクは座るよう促した。
レックナートが椅子に座ると、ぽんと手に何かを置かれた。
開けてみなさいと言われ僅かに眉を寄せる。
紙で包まれているものはあまり大きいものではなさそうだが、何なのか見当が全くつかない。
丁寧に包装を剥がしていくと、固い物が指に触れた。
「……これは?」
手にとって指で形をなぞり、確かめる。
掌に乗るほどの小さなそれは、細かな細工が施されていて、中央には大小の石が埋め込まれていた。
どうやら髪飾りらしい。
「先日の礼だ」
ヒクサクの言葉に、レックナートは首を傾ける。
「いい花を見させてもらったからな」
「礼をいただくようなことではないと思いましたが」
「気にするな。なんとなく礼がしたかっただけだ」
「貴方がこれを?」
「買いに行ってもらったのは部下にだけれどね」
商品を絵を見て決めたのはヒクサクだ。
装飾品の類は全く分からない上、レックナートの好みも不明でかなり悩んだが、最後にはなんとかそれなりの物を選べたと思う。
「つけてもらっても?」
言われて、レックナートの背後に立つ。
フードを取り去って顕になった長い黒髪を一筋取ると、受け取った飾りの金具を通す。
人の髪など触った事もましてや結った事もないが、なんとかおかしくはない程度にまとめてみせた。
「どうかな」
「似合います?」
手で触って確かめながら、背後に立つヒクサクを振り仰いでレックナートは柔らかな表情で尋ねた。
「馬子にも衣装、と言ったところか」
「失敬な」
くすくすと笑いながら言うレックナートに、ヒクサクも釣られるように微笑んだ。
***
今と昔のヒクサクと読み比べて別人になっている事実に阿鼻叫喚しました。
どう修正したらいいか途方に暮れる程度に酷い……。
(オマケ)
「ヒクサク様に恋人が!」
「なんでも美しい黒髪をお持ちだとか」
「間違いないわ、この間髪飾りを買ってくるよう頼まれたって話だから」
「そういえば、随分昔から二人分のお茶を用意するよう言われる事があったわ」
「やっぱり恋人くらいいらっしゃるわよね」
「どこから入ってくるのかしら」
「秘密の抜け穴、とか?」
「やだーロマンチック〜っ」
こうして宮廷内にまたひとつ色めいた噂が立ったとか。
幸か不幸かヒクサクの耳には届かなかったが、休暇から戻った神官将は何かに打ちひしがれていたらしい。
2009.11.30 改訂