<Each Christmas Ver.H>
世間一般で言われるクリスマスは施政者にとっては縁の薄いイベントだ。
仕事は当然減らないし、寧ろ年末に向けて増えていく傾向にある。
そしてヒクサクにとってクリスマスイブとは、国内需要が少し増えて揉め事の件数も増える日、くらいにしか思っていなかった。
ともに過ごす相手もいないし、休みをその日に取った事もなかった。
それが、数百年の慣例だった。
それが打ち破られたのが、今年。
「……どうして酒なんて飲んでいるんだろうな、私は」
「先ほどから一人でぶつぶつ何を言っているのですか?」
「どうして私は君と酒を飲んでいるんだろうねぇ」
「誘ったからでしょう?」
「…………」
聞き返され、今度はわざと聞こえるようにゆっくりと言えば、殊更ゆったりとした返事をされた。
顔を顰めたヒクサクに、レックナートは笑みを深くしてグラスを傾ける。
クリスマスだからと酒を用意させられる事も、それに従ってしまう自分も情けないやら腹ただしいやらで、自棄気味にヒクサクもグラスの中身を煽った。
「……ルックはどうしたんだ」
「あの子はあの子達で楽しんでいますもの。今年はセノ達のところで過ごすと、昨日から出かけています。邪魔をするのは野暮というものでしょう」
「…………」
それはワザと参加していないのか、それともハバにされているのか分からないが、さすがに後者であった場合の返答が怖いので、ヒクサクは黙った。
ちらりと机の上に置かれたままの書類を見る。
あれを明日に回すのかと思うと少々気が重いが、酒を入れてしまった状態で仕事をする気分にもならない。
今日はもう仕方がないと諦め、空になったグラスに新しいものを注ごうと手を伸ばす。
「自分で注いで悲しくないんですか」
「……すまない」
瓶を手から抜き取られ、グラスに入れられる。
見えていないはずなのに丁度いいところで瓶を離すレックナートに少々驚きながら、お返しとばかりに瓶を受け取り、残り僅かになっていた彼女のグラスに注いだ。
小腹が空いた時のために常備してあったクラッカーをつまみ代わりにして、薄闇の中酒を飲む。
「ありがとうございます」
「……食事はどうする」
言ってから、何を聞いているのだろうと我に返った。
そろそろササライが今日の締めの書類を持ってくる時間で、その時に夕食を持ってくるようにと頼むつもりだったのだが。
その前にレックナートを帰せばいいものを、これでは共に食事を摂るつもりであるかのような。
「出してくださるんですか?」
「……帰っても一人なのだろう」
「そうですね。……せっかくの申し出だし、お受けしましょうか」
くすりと笑うレックナートに、明らかに墓穴を掘ったとヒクサクは酒で少々赤くなった顔を隠すように手を当てた。
こんこん、とドアが鳴った。
ヒクサクが入室を促すと、ササライが手元に目線をやったまま室内へと入ってくる。
「ヒクサク様、こちらの書類に……なにしてらっしゃるんですか」
「こんばんは、ササライ」
目線があげられ、ヒクサクとレックナートを見つけたササライがあからさまに顔を歪めた。
そして、二人の間にある瓶とクラッカーを見つけて更に眉間の皺が深くなる。
「……なにをされてるんですか」
「いや……まあ」
「せっかくのクリスマスですから、夕食でも一緒にと誘われまして」
「……ヒクサク様?」
「誘ってない。いや、誘ったというか……あれは口が滑ったというか……」
いつになく語調が曖昧なヒクサクは酔っているのだとササライは片付けたらしかった。
溜息をひとつ落とすと、持っていた書類を机にあった未処理のものに重ねて、くるっと二人を見据える。
「お酒が入られている状態で公務をされても問題がありますし……仕方がありませんので、明日きっちり全て終えてくださいね」
「…………」
自分から飲みだしたわけでもないのにどうして怒られるのかと少々理不尽さを感じつつ、ヒクサクは頷いた。
頷きついでに、巻き込む事にした。
「ササライ、君の本日の仕事は?」
「え、一応これで終わりですが」
「そうか。夕食は三人分ここに運ぶよう指示してくれ」
「……三人分って」
「ササライも一緒ですか? それは楽しそうですね」
「ちょ」
「たまにはいいだろう?」
にこりと柔和な笑みを浮かべるヒクサクの手はササライの腕をがっつり掴んで離さない。
レックナートはすでに三人で食べる事を決定事項としているらしく、楽しそうにころころと笑っている。
「……わかりました。指示をしてきますから、離してください」
「ちゃんと戻ってくるんだよ?」
「…………」
戻ってこなかったら、明日以降が怖い事になりそうだったので、ササライは渋々頷いた。
***
おそらく2〜3作目でしたが、目も当てられず修正修正。
あの頃はまだヒクサクがスレていたのです(今は見る影もない)
サイト1年目のクリスマス企画のSSでした。
2009.12.01