<稀人>

 


魔術師の塔の、居住区として使っている階のひとつ。
暖炉には薪がくべられ、テーブルの上にはきちんと紅茶の入ったカップが置かれていた。
お湯を入れるだけでいいようにと用意していったクロスのせめてもの情けである。

そこで、客人はなぜか夕食の用意をしていた。





「まったく……まさか料理ができないとは」
ざくざくと野菜を刻みながら、どこかげんなりとした表情でヒクサクは呟いた。
焦げつかないように鍋をかき回し、切った野菜を中に放り込む。
試しに一口舐めてみて、塩が足りないようなのでもうひとつまみ。
あとはじっくり煮込めば、クロス作成レシピの『お手軽シチュー』の完成である。

料理なんて数百年ぶり、その間包丁すら握る必要もなかったヒクサクが作る羽目になったのには理由がある。
実は、当初はレックナートが作ると言ったのだ。
クロスやルックが聞いたら天変地異の前触れだと騒いだ挙句に止めるところだが、そんな事を知らないヒクサクはじゃあ頼むと言い。
けれど皿を並べるくらいはした方がいいだろうかと調理場をひょいと覗き込み、硬直した。

例え数百年単位で料理を作るところを見ていなくとも、皮のついた野菜や魚を丸ごと放り込む料理がない事くらいは分かる。

そしてレックナートを調理場から追い出したヒクサクの目に留まったのは、クロスの使っているレシピ集だった。
こうしてヒクサクは、自分の夕食の為に調理を開始したというわけだ。



料理そのものは久しぶりでもそれなりで、楽しくはあった。
けれどレックナートを残してクロスとルックがどこに行ったかをすでにレックナートから教えられているヒクサクとしては、この状況はいささか面白くない。
「どうせなら私もあちらに行きたい……」
今頃マクドール家で、彼らも夕食を摂っているのだろう。
リーヤとその友人と一緒に。

……これを羨ましいと思わずして何を思えばいいのか。
溜息を吐き、出来上がったシチューを注いだ皿を持って食堂にいくと、すでに席に座ってレックナートが待っていた。


二人だけの食事に、パンをちぎりながら正面に座るレックナートに訊ねてみた。
「どうして私を連れてきたんだ?」
「いえ、一人で食事をするのが久しぶりでしたので」
「……はぁ」
だとすれば自分もマクドール家に行けばいいだろうにという言葉は言わずに、ヒクサクは自分の作ったシチューを口にする。
レシピのためか、宮殿で食べるものより幾分か柔らかい口当たりだ。
「行きたかったですか? シグール達のところへ」
「行きたくないわけではないよ。リーヤにも会いたかったしね」
けれど、久々にクロス達とも会うのだろうし、友人とやらはきっと今頃混乱の極みにいるだろうから、それ以上困惑させるのは可哀想だろう。
そういったサプライズが好きな彼らだから。

「そうそう宮殿は空けられないでしょうけど、次はリーヤのところに行きましょうか」
「連れていってくれるのかい?」
「シチューのお礼に」
私だってあの子に会いたいのですから、と愉快気に言ったレックナートに、すっかり孫を持った気分になっているなぁとお互い笑った。

 


 


***
「里帰り」の裏舞台。
おじいちゃんは孫に会いたいです。