<続・因縁>

 

呼び出されたササライは、いきなり申し付けられた雑用を終えて戻ってきた。
怪訝な顔でヒクサクの自室から持ってきた――持ってこさせられた物を差し出す。
「……何があったんですか?」
渡す際にそう聞いても無理はない。

呼ばれた時のヒクサクの恰好は、なかなかに見られたものではなかった。
その日は白い服を着ていたのが輪をかけて不運だったようで、肩から胸下にかけて、茶色の染みがついてしまっていて、最初に見たササライは絶句した。
着替えを持ってきてほしいと言われ、たしかにこの恰好のまま廊下を歩いて万が一他の誰かに見られた日には色々瓦解すると思って慌てて着替えを取りにいったわけだが。
――考えてみれば、こんな深部まで足を踏み入れる人間などほとんどいないから、人目に触れる事などそうそうないが、その時はササライも気が動転していたのだ。

ヒクサクが脱いだ服を受け取って、かなりべたつく感触にササライは眉を顰める。
これはもう着られないだろう。
しかし、部屋に残る特有の香りといい、べたつきといい、これは。
「……どうやったらこんな砂糖が大量に入った紅茶を被るんですか」
「かけられた」
「はぁ?」
誰に、とは言うまでもない。
簡単な消去法だ、ハルモニアにヒクサクが面と座って茶を飲む相手がそもそも存在しない。
個人的な知り合いの話も聞かないし、表立っての来訪者であれば、ここまでササライの耳に入らずに辿り着く事もできない。
という事は、その時点で可能性は一人にまで絞られる。
その人はヒクサクに紅茶をぶっかけそうかと問われれば、紅茶どころか紋章術をぶっ放される可能性の方が高い気がする。
だから結界を強化するなりして、侵入を許さないようにしてくれと何度となく進言しているというのに、一向に聞いてくれる兆候はない。
その結果がこれである。
……これで済んだだけ今回はよかったと言うべきなのか。


「まあ、少々機嫌を損ねたらしく」
「…………」
なんだろう。すごく喉のあたりまで何かがこみ上げてきているのだけれど。
「砂糖の量は私の甘さだそうだ」
「……は、ぁ?」
「ポットの中身ではないだけありがたいと思うべきかな」
「…………」
言いながらも、ヒクサクの顔は楽しそうだ。
日頃から笑みを湛えてはいるものの、上っ面でなく笑っている事はあまりない。
それが、紅茶をぶっかけられて笑っている。
日頃からよく分からない上司だが、今回は輪をかけて分からない。

服の襟元を調え、髪を手櫛で梳いていつも通りの恰好を整えた後、床に染みた紅茶の跡を爪先で踏みながら、ヒクサクは呟く。
「次からは白湯でもだしてやろうか」

けれどその横顔に不機嫌の要素はなく、ササライは一礼をして部屋を出た。


部屋を出てずーっと歩いて、ヒクサクの部屋へと続く廊下を遮断する分厚い扉を通り抜けてから。
「次あるんだ!?」
思いっきり、喉の奥に詰まっていた言葉を叫んだ。