<consentement>

 


「・・・・・・私が言えたことではないと思うが」
「なんでしょう」
無表情で答えた部下にギゼルは頭を抱え込みたいのを必死にこらえつつ、一応言うだけ言ってみた。
「彼女は、やめておけ?」
「ご命令ですか」
命令じゃないが、と呟いてギゼルは終に突っ伏してしまう。
ご命令でないのですか、と聞いてくるドルフに答える言葉なぞありはしない。

ただ、確かなのは。
あの殿下がさぞ愉快そうに笑うだろうな、という事だけだった。










部屋に戻って扉を音なく閉めたドルフは、すっと背後を見ることもなく身をかわす。
「あ〜あっ、またよけられたぁ」
残念そうな声を出して、ふてくされた顔をしたミアキスを振り向いて、無表情のままであるがほんのわずかに唇が動く。
「気配は消えていたが影が少し」
「も〜ぉっ、今日こそはって思ったのにぃ」
悔しそうに地団太踏んでから、ミアキスは真正面からドルフに抱きつく。
今度はドルフも避けることなく、彼女の質量を受け止めた。

「おかえりなさぁ〜い、ギゼル殿は何て言ってたぁ?」
いたずらっ子のような笑みで見上げてくる彼女の紫の強い髪にほんの少し触れて、ドルフは質問を返す。
「陛下は?」
「陛下はぁ」
ミアキスはにっこりと笑ってぺろと舌を出した。
「とぉーってもお怒りでしたぁ☆ 明日は陛下直々に謁見するって、おっしゃってましたぁ」
「・・・・・・」
それでも今晩は何とか抑えてきたんですからねぇ、殿下が。
笑顔で続けてくれた彼女に、無表情のままではあったがドルフは内心かなり焦っていた。
現女王リムスレーアは、女王騎士のミアキスには相当なついている。
それはあの戦いの前からもその後も変わらない。
「怒っていらっしゃるか」
「それはもう怒ってましたよぉ。「叔母上ならずミアキスまでとられてなるものか!」とか「ミアキスはわらわよりドルフの方が大事なのか!」とか「わらわは認めぬ、認めぬぞ!」とか〜」
愛されちゃって困ってるの〜と嬉しそうなミアキスに何の反論をする気にもなれない。

・・・したら危ないし、色々。

「・・・ミアキス」
「はぁーい、なぁにドルフちゃん」
「・・・・・・それ、やめないか」
困ったような声音の彼に、やぁようと答えてミアキスはドルフの上着を脱がせる。
「明日は早いからもう寝ましょー」
上着を椅子にかけてそう言ったミアキスは、ドアに手をかけてから一瞬でくるんと振り返って笑った。
「私がドルフちゃん好きだって言っておくから、だぁーいじょーぶよぅ」
「だと、いいんだが」
「ドルフちゃんより陛下の方が好きだけど」
「・・・・・・」
ざくっと最後に刃を放ってくれた天然サドの彼女は、鼻歌を歌いながら彼の部屋を後にする。
数秒以上そこで固まっていたドルフは、小さく溜息をついて灯りを消した。










立派な椅子に腰掛けたリムスレーアは、頭を深く下げている彼をきつい目で見下ろす。
「なっ、なんじゃとっ! もう一度申してみよ!」
「――女王騎士ミアキス殿と、きちんとお付き合いさせていただきたいと思います」
「きちんととはどういうことじゃ! もしや結婚を意味しているのではあるまいな!」
「――そうととられても結構です」
「許さぬ!!」

立ち上がると、リムスレーアはダンッっと足を踏みならす。
・・・なお、人払いは確実になされていた。
幾らなんでもこんな女王の様子を晒すわけにも行かない。
「先年そなたらには叔母上をくれてやったばかりではないか!」
「リム」
後ろで聞いていたサイアリーズが苦笑しながら激昂するリムスレーアに歩み寄ると、その肩に手を置く。
「ギゼルとドルフを一くくりにするのはおやめって。それにお互い好きあってるんだろう?」
「しっ、しかし叔母上! みっ、ミアキスは騙されておるのかもしれぬぞっ、わっ、わらわはこやつは信用できぬのじゃ!」
「リム、だからドルフはわざわざ報告にきたんだと思うよ?」
隣に立っていた兄のアルファードから言われても、リムスレーアは怒りを収めようとはしない。
「いっ・・・嫌じゃ! 嫌じゃっ! こ、こんな得体の知れぬ者にミアキスを取られるのなんか絶対に嫌じゃっ! わらわは許さぬっ、許さぬっ!!!」

ぶんぶんと顔を左右に振りながら言ったリムスレーアの気持ちもわかるだけに、サイアリーズもアルファードもなんとも言いがたかった。
リムスレーアは、先年のサイアリーズの婚儀にも相当難色を示していた。
ギゼルの人となりは終戦後、きちんと知る機会があった。
それでも、あのときの記憶とされた仕打ちは彼女の心にしっかりと根を張ってしまっているのだろう。
あの時はサイアリーズがやんわりとリムスレーアに言い聞かせた。

――あたしは何があってもリムの味方さ。あんたとアルフが大好きだよ。
  ・・・でもね、リム。あたしはそれと同じぐらいギゼルが大事なんだ。
  だから、誰より大好きなあんたに祝って欲しいんだ・・・

だが、ミアキスがなんて言ったのかアルファードもサイアリーズも知らない。
ただリムスレーアの気持ちもわかるだけに、なんとも言えなかった。
「もう下がるがいいっ! おぬしの顔なぞ見たくもないわっ!」
その言葉で、場は固まる。
ドルフは頭を下げたまま、身動き一つしなかった。
アルファードもサイアリーズも、リムスレーアに何か言おうとして、言えなかった。

ゆっくりと、ミアキスはリムスレーアの前に立つ。
「・・・ミアキス?」
「ご無礼をお許しくださいねぇ、姫さま」
にっこりと笑ってそう言ったミアキスの、容赦ない平手がリムスレーアの頬を打ち据える。
あまりの衝撃にその場に倒れてしまったリムスレーアは、信じられないという表情でミアキスを見上げた。
「ミ・・・ア、キス」
「いくらなんでも怒りますよぅ? そりゃあ私は姫さまが一番大事ですぅ。姫さまを傷つけるヤツなんか許さないし、生皮剥いでフェイタス河に沈めちゃいます」
でもですねえ、と微動だにしない笑顔でミアキスはリムスレーア女王を見下ろし続ける。
「私の大事な人を傷つけるなら、姫さまにだって怒りますよぉ」
「・・・・・・う。うそじゃ、ミアキス・・・」
「ウソじゃないですぅ。今は本気で姫さまを叩きました」
そういうと、ミアキスはしゃがんでリムスレーアを引っ張り立たせる。
呆然としている彼女の服の皺を整え、頭を撫でた。
「痛かったですねぇ、でも謝りませんよぅ」
「・・・・・・」

俯いていたリムスレーアは、顔をくしゃりとゆがめるとミアキスに抱きつく。
「だっ、だって叔母上はストームフィストに下がってしまうし、ミアキスもそうなってしまうなんていやじゃ!」
「だぁーいじょーぶですよぉ、ずぅーっと護衛でいますよ?」
「・・・ま、まことか?」
「あたりまえじゃないですかぁ」
当然といわんばかりの顔のミアキスに、し、しかしとリムスレーアはちらり今だ頭を下げたままのドルフを見る。
「ど、ドルフはどうするのじゃ」
「そんなの適当にしますよぉ。毎日顔合わせてないと死ぬわけじゃないんですしぃ。陛下に毎日会えないと死んじゃいますけどねぇ」
そう言って笑顔になってミアキスはぎゅーっとリムスレーアを抱きしめる。
「陛下ってばぁ、私がどこか行っちゃうとでも思ってたんですかぁ」
「・・・だ、だって・・・」

もごもごと口の中で呟いてから、リムスレーアははっと気がついた顔になって、ミアキスの腕の中から抜け出す。
「・・・ドルフ」
「はい」
「その、先ほどはすまぬ。真に・・・女王らしくない振る舞いであった」
静かにドルフは顔を上げる。
そして無表情のままもう一礼すると、失礼しますといって背を向けると、あっさりと出て行った。


「・・・ミアキス」
「なんですかぁ?」
ぽかんとした表情で、リムスレーアはミアキスに問う。
「悪いが、アレのどこがそんなに良いのじゃ?」
「えー、可愛いじゃないですかぁ」
「「どこが?」」

王族一同に突っ込まれ、ミアキスはだってぇ、と笑う。
「今、私があんな事言ったから照れて出て行ったんですよぉ」
「・・・あの顔見てどこがどう照れてるんだ」
「あたしだってわかんないよ・・・」
「・・・愛は奥深いものなのじゃな・・・」
ぼそっと三者三様に呟き、ただ一人ミアキスは満足そうに笑っていた。




 

 



***
ミアキス最凶。