<KISS>

 


チッチッチッチ

部屋の置時計の秒針の音が聞こえる。
それより少し早い動悸の音も。

チッチッチッチ

ドキドキとずっと煩い自分の心臓の音は絶対聞こえている。
ぎゅうっとこれ以上できないほどに強く目を瞑ったミアキスは、ぐっと拳を握ったままで斜め上に顔を上げていた。

チッチッチッチ

「・・・・・・」
「・・・・・・」

お互い何も言わない。
その沈黙が甘やかな空気になる。

(は、はずかし〜いっ!)
ぎゅっと目を瞑って拳を震わせているミアキスは、内心そう叫びだしたかった。
もとより、この年まで剣一筋訓練大好き→姫様一筋虫は一切寄せ付けません! の生活だったため、艶めいたことなど一切合切なかったのである。
――小さいころは幼馴染sがブロックアウトしていたのもあるが。

だから、ドルフが近づいて手を伸ばしてきた時にぎゅっと目を閉じてしまった。
あの温度のないけれど優しい指が頬に触れる瞬間なんか、絶対目を開けていたら見ていられない。
けれど、その指はいつまでたっても触れてこなくて。
ミアキスは真っ赤になりながらはやくぅーと心の中で叫ぶしかなかった。



チッチッチッチ



真っ赤になったまま固まっているミアキスを見下ろして、ドルフは無表情のままだがその心情はぴたりと途中で止められた手に表れている。
(・・・かわいい)
マジメな話、「太陽宮最凶」とすら言われている自分の想い人を見つつ、その染めた頬の赤さと潤んだ目じりに走る紅とかに見惚れつつ、ドルフはいつまでもそれ以上動こうとはしなかった。
ぎゅっと固く結ばれた唇は細かく震えていて、そこに落とされるものを待っているのだろう、けれど。
このまま手を伸ばして触れて口付けてしまったら、この盛大に恥じらった顔なんかもう見られないわけで。
(もったいないかな・・・)
そう思って、ずっとその顔を眺めている。



チッチッチッチ


「あ〜〜っ、もうっ、ドルフちゃんのばかぁ〜あ!」
ばっとその目を開いて、ミアキスはぽかぽかぽかとドルフの胸をたたく。
耳まで真っ赤に染めていた彼女の肩をつかんで落ち着かせて、ドルフは無言で首をかしげる。
ドルフにしてみればそう長いこと見ていた覚えはないし、事実そう長い時間ではなかった。
ただ、ミアキスにとっては無限に長かっただけで。
「もぉ〜っ、やだぁ」
顔を覆ってせめてそれだけでも相手から隠そうとしたミアキスの肩の糸くずに気がついて、ドルフはぴんとそれを指で弾く。
とりあえず謝ろうと少し背をかがめた。
「ミアキス」
「・・・ドルフちゃん、もしかして・・・」
顔を埋めたままのミアキスが小声で言う。
見つめていたのがバレたかと少しひやりとしたドルフだったが、ミアキスの思考はまったく別だった。

「もしかして、キス、とか、しら、ない?」
恐る恐る訊かれたその言葉に。
普通の男なら噴出していただろうその言葉に。
ドルフは内心驚いていたのだが、培った性質が彼の顔を無表情にとどめることを許す。
なまじ動揺していたがために、鉄壁の無表情になっていたドルフの内心をさすがに読めず、ミアキスは自分の言が肯定されたと思ったらしい。
「・・・そ、そうよねぇ。だって、ギゼル様がサイアリーズ様以外の方とそんなことするはずないしねぇ」
それは事実だったので、ドルフは頷いておく。
ついでに言っておくとあの主は女王の叔母を屋敷に連れ込んであんなことやこんなこともしているが、そのあたりはツッコミにならないのだろうか。
そうこうしているうちにやっとこさ動揺が去ったので、ものはついでとミアキスの誤解にノってみることにした。

「ミアキス」
「うん、なあに」
「キスって、何?」
「え、え、えぇーっとねえ」
「――好きな人とすることなのは知ってるよ」
その言葉にボンっとミアキスの顔がまた真っ赤になる。
「そ、それはっ」
「ミアキスは知ってる?」
「そ、そ、そりゃあ」
「じゃあ、ミアキスがしてみせてくれるかい?」

このあたりのやり取りで気がついてもよさそうなものなのだが、ミアキスはドルフの上着をぎゅっと握り締めて頷く。
予想外の承諾に、ドルフは驚いたがどこまでやるのかをみてみようとミアキスの肩から手を離す。

「で、どうすればいいんだい」
「目、目、瞑ってっ!」
おとなしく目を閉じると、そっとやわらかいものが頬に触れてくる。
確かな体温を告げるそれは、自分よりだいぶ小さいミアキスの手だ。
反対側の頬にも同じ熱が触れる。

ぐい、と顔を引き寄せられる。
口元でほんのわずかに微笑んで、ドルフは薄く目を開ける。
「・・・・・」
ぎゅっと自分の目を閉じて、ゆっくりと顔を近づけてくるミアキス。
いつもは勝気なばっかりで、素でとんでもないことを言ってはドルフを翻弄しているけれど。
こうやって真っ赤になって震えてくれているのが自分のためだと思うと、とてもうれしい。
(やっぱり、かわいい・・・)
内心そう呟いて、ドルフは目を開けたままミアキスの吐息が近づいてくるのを待つ。


唇の先が触れ合った瞬間、びくりと身を引こうとしたミアキスに先んじてドルフは残りの距離を一気に埋めた。
触れ合ったものの感触よりも、お互いの吐息と密接した体の熱さの方がずっと気になる。
ぐっと腰に腕が回され、ミアキスはドルフに抱き寄せられたのを悟る。
恥ずかしかったがキスができたということが嬉しくて、振りほどかずにそのままの姿勢でいたこと数秒。

「!!」
わずかに開いて合わせていた間から、まったく違う感触のものが侵入してくる。
カーンと頭が真っ白になって、気がついたら口腔の上側を舐め上げられるところだった。
「んっ――ふゃっ」
慌てて身を離そうとしたけれど、自分より腕力のあるドルフは離してくれない。
必死で押し出そうとしても、その侵入者は余計に絡みついてくるだけで。
「ん・・・ふ・・・」
鼻に抜ける声を出しながら、ミアキスはドルフの気が済むまで舌を絡められる。

彼女にとっては永遠に続くかと思われた時間がたって、ようやく腕の力がゆるんだ。
「う゛う゛う゛うそつきぃっ!!」
ばっと後ずさって口元を押さえて言ったミアキスに、ドルフは何のことだろうといかにも不思議そうに首をかしげて両手を差し伸べる。
「キスの仕方がわかったよ。もう一回」
「うそぉ〜っ! ぜぇーったい知ってたぁ!!」

ドルフちゃんのうそつきぃ! と叫びながら顔を真っ赤にするミアキスに、ドルフは一歩近づく。
「ミアキス?」
「だ、だってぇ、舌・・・」
「ミアキス、かわいいよ」
「!」
めったに、否、ミアキスですら初めて聞いた殺し文句を放ったドルフは、ゆっくりと彼女の手を口元から離すと顎に手を当てて持ち上げる。
「もう一回」
一回だけよぉとミアキスが呟き終えないうちに、彼女の唇はさらわれていた。






 

 


***
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悶死できる。
恥ずかしさで。

ドルフは口調がカミューと一緒ってことは、
閨の特技:言葉攻め
になるんですけどよろしいですかミアキス様。