<もさもさロマンス>
「彼」を預かることに同意したのはハスワール本人だった。
「彼」がこの内乱の首謀者であることは知っていた。
しかし、「彼」を殺すわけには行かないことも。
「彼」が全て悪いのではないということも。
「彼」を断罪しても、アルシュタートとフェリドは喜ばないであろうことも、わかっていた。
苦しみは人さまざまであるから、一概に誰が一番苦しんだとは言えないけれど。
それでも、もっとも彼によって多くを失った子が、彼を許したというのだから。
ハスワールは自身も許そうと、そう思った。
失ったものは大きすぎて。
けれど。
「斎主様、どちらへ」
「おさんぽよ。イサトもくる?」
「……いえ」
エルフの里へ帰ってもいいといったのに、イサトはここを離れない。
頻繁に通うウルダと会ってはいるようだから、とりあえず干渉しないことにした。
イサトがハスワールに、つまり異性として惹かれているとか外部者には誤解されていたフシがあったが、ハスワール自身はそれがないことだとわかっている。
イサトはただ、このような立場でも素で振舞うハスワールを尊敬し憧れてくれているだけだ。
そういう思いを抱いていないことは、きちんと双方理解している。
……だからこそウルダが歯がゆく思うのだろうけど。
それは、ハスワールにはどうしようもないことだった。
ガサガサ。
草むらを掻き分けて、ハスワールは奥の庭へと足を進める。
内乱以降、ここからも人を減らしたので、庭がかつてより荒れてしまっている。
だがその何が問題だろうか。
……これでいい、のだと彼女は思った。
踏み入る。
ここには「彼」がいる。
ルナスへいれられた直後に言葉をかわしたきりの「彼」がいる。
「彼」は言った。
自分は、ファレナのために戦った、そう今でも思う。
だが太陽の紋章に魅入られた、それは己の選択であった。
そして己は魅入られたがゆえに敗北した、それもまた自身の選択の結果。
だから王子の先を見守りたいと。
魅入られずにいることを彼が選択し続けられるかどうかを、見たいと。
ただ、あのいかつい顔に何の感情も浮かべずそう語った。
同行した息子のほうがよほど、言い表しきれない感情を浮かべていた。
――そんな、天気のいい日に考えるようではないことを考えていたハスワールは、気を取り直してもう一歩進める。
せっかく外に出たのだから、何か楽しいことを見つけよう。
ガサ
小さな音がして、茂みが動く。
ひょこりふわりと、茂みの上に浮いていたのは。
「まあ……まあまあ!」
もさもさ(赤)だった。
それが茂みの上を漂っている。
もさもさは飛べなかったはずだが。
というかここにモンスターが迷い込むことが珍しい。
「あらあら、どうし……」
笑顔で駆け寄ろうとしたハスワールは、もさもさが一気に立ち上がったので足を止めた。
いや、もさもさが立ち上がったわけではない。
正確に言えば、もさもさを頭に乗せた人物が立ち上がったのである。
もさもさ(赤)を頭にのせたその人物は、相変わらず厳つい顔をハスワールへと向けた。
以前は綺麗に光っていた頭の上には、もさもさ(赤)。
日の光を反射していた額には、もさもさ(赤)の毛(赤)。
そう、もさもさ(赤)は浮いていたわけでも飛んでいたわけでもなく。
マルスカール=ゴドウィンの頭部に鎮座していたのである。
その瞬間、
きゅんっ
という音がしたそうだが、それは後から幻聴として聞こえたものかもしれない。
「まあ……あら、まあまあまあ!」
目をきらきらと輝かせて、ハスワールは駆け寄った。
駆け寄られたマルスカールはゆっくりとお辞儀をする。
「いかがされた、こんなところまで」
「かわいいっ!! かわいいわっ!」
マルスカールの(無難な)挨拶に答えず、ハスワールはぎゅうっと彼女曰く「可愛い」物を抱きしめることに専念する。
「あ、あの、ハスワール殿……」
「かわいいっ! マルちゃんもかわいいっ! そうだ、マルちゃんって呼びましょう」
笑顔でそういうと、ハスワールはようやっとマルスカールから体を離し、彼の頭の上に相変わらず居座っているもさもさ(赤)をナデナデと撫でる。
「マルちゃんはどうしてもさもさちゃんを乗せているの?」
「勝手に乗ってきましたよ。暖かいのではないですか」
「確かに今朝は冷えたもの。マルちゃんはもさもさちゃんのヒーローね」
おとなしく撫でられているもさもさを上機嫌で見ながら、ハスワールはこの世で最高のことを思いついたような顔をした。
「もっと寒くなったら、もっとたくさん乗るのかしら? そしたらもっとかわいいわ」
その言葉が合図だったように、もさもさ(黄)がどこからともなくマルスカールの頭上に落下してきた。