<新たな女王騎士>



由々しき事態です。


元老院に呼び出されていたリオンはぐったりして戻ってきた。

「王子、じゃなかった殿下、どうしましょう」
「と、言われてもねえ……」

現在、ファレナ女王国女王騎士は、総数、三名。
前女王騎士長は死亡、ザハーク、アレニアの両名は国境へ、カイルとゲオルグは女王騎士を辞め出奔、ガレオンは退職・。
当然内乱中にその座についたりしたキルデリクはとっくにいないし、ギゼルもあくまで偽りの身分なのだからとっとと降りている。
王兄であるアルファードが女王騎士長についたものの、三名という数字はあまりに少ない。

「だからぁ〜、カイル殿を留めておけばよかったんですよ」
「でも、カイルにはカイルの事情があるしねえ」
女王騎士は誰でも勤められるものではない。
勤める場所が城であり、接する相手は王家を代表に貴族や国賓ばかりなので、鍛錬された肉体に技ばかりでなくマナーや社交、知性なども要求される。
こう見えてもミアキスやリオンは王宮の作法を熟知しているし、貴族の中に混じって立ち振る舞っても違和感を覚えないほどには洗練されたものを持っている。
「ロイがいてくれたらよかったのになあ」
少し前まで自分の影を勤めてくれていた友人を思い出して呟くと、アルファードはまだ慣れない女王騎士控え室のテーブルについている残り二人を見やった。

現在最年長であり最長のキャリアを持つ――とはいえども三人とも大差ないが――ミアキスは、純粋に腕前だけならアルファードすらも凌ぐ。
その彼女は、どうあがいても女王リムスレーアの護衛としての任務で一日が終わると言っても過言ではない。
アルファードが女王騎士長になりリオンが正規の女王騎士になった以上、リオンの護衛としての任務はかなり減った。
……が、それでも、激務には変わりないというか。

今はいい。
だが、国賓が一人でも来たら。
すぐに警護が追いつかなくなる。


元老院はだから多忙を極めている(上に元老院から足が遠ざかりがちな)アルファードの変わりにリオンに進言したわけである。

女王騎士の補充をしてくれ、と。


「でもぉ、女王騎士って基本的に推薦制ですしぃ」
「それに、今の王宮に新しい人が入っても正直教育する余裕があるかどうか」
「あ、その事なのですけど……じ、実は元老院からの推薦者がいるそうなんです」
「は?」

寝耳に水の話でアルファードは思わず聞き返す。
「誰?」
「・・・そ、それが」
ため息をついて、リオンは覚悟を決めたように切り出した。
「…………サイアリーズ様なんです……」

「「…………」」


なるほど、と思ったのか。
ちょいと待て、と思ったのか。
アルファードとミアキスはしばしその場に固まった。













恐る恐る打診をしたアルファードに、サイアリーズは肩をすくめる。
「かまわないよ? そこまで人員不足ならね。けど……」
あたしでいいのかい、と聞かれてアルファードは頷く。
「叔母上がいいって言うなら、それが一番いいように思う。ただ――」
「認めません」
影のように部屋の隅で話を一部始終聞いていた男が、苦々しい顔で一蹴した。

「無論王家の方が女王騎士になるという異例を持ち出すに及ばず、サイアリーズ様は女性ですよ」
「ミアキスとリオンも女性なんだけど……」
ぼそっと突っ込んだアルファードの言葉は無視らしい。
「だいたい、警護を必要とするのはサイアリーズ様の方でしょう!」
「う……それは……」
そうなんだよねえと苦い顔で呟いたアルファードは、視線をさまよわせた。
女王騎士になれば、有事の際に国内を飛び回ることになる。
それに、ギゼルは言っていないがサイアリーズの風貌は女王騎士というよりは王族のそれである。
何かあった場合、リムスレーアに王族の一員として付き添うべきであろう。

だがそれを推進せざるをえない元老院のこともよく分かる。
どうしたって手が足りていない。
正式な式典なども今の状態では執り行えないのである。

一刻も早く太陽宮は通常運営に戻らなければ、いたずらに民を不安にさせるだけだ。
体面を整えるのも重要であるとの警告なのは分かっている、のだ、が。
「せめて……せめてあと一人でいいんだっ……!」
来年や再来年には候補者がきっと全国から集まってくる、と、思いたい。
せめて今年。
あと一人だけ。
腕も確かで立ち振る舞いも合格で教養にも恵まれた者。
審査なしで採用するから速攻どっかから生えてこい!!

「でもぉ、サイアリーズ様登用に私は賛成ですけど」
「え、なんでだいミアキス」
「だって、サイアリーズ様の武器はもともと女王騎士長が持つものですしぃ。それに黒い騎士服もお似合いになりますよぉ、ねえ殿下ぁ」
「……いや、そういうのは登用基準にはならないけど、ね?」
「ダメです!」
さっきよりも大声でギゼルがミアキスを制して、たまらなくなったのかつかつかと前に出てくる。
「いいですかっ、女性用の女王騎士服はただでさえ露出が妙に高いものが多いのに、その上サイアリーズ様の感性でいじったらっ」
「デザインの細部は自由ですからね……」
呟くリオンの横でギゼルは拳を握って力説する。

「そんなサイアリーズ様の姿を、平時からそこらじゅうの人間に見せるのは反対します!」
「……まあ、言いたい事はよくわかった」
こめかみに指を当ててほぐしつつ、アルファードはそれならとギゼルを睨む。
「ギゼルの部下を一人推薦して。採用しよう」
「私の部下でですか?」
「ギゼルの見込んだ武人ならマナーも教養も腕も大丈夫でしょ」
僕はとっとと収まりをつけたいんだよねと言わんばかりの顔で言われて、ギゼルはそうですねと何人かの顔を思い浮かべてからぽんと手を打つ。
「はい、一人」
「どんな人?」
「ドルフです」

「――っていくらなんでもそれは」
やめときましょうよと言おうとしたリオンの隣で、アルファードが我得たりと言わんばかりの顔で手を打った。
「ギゼル、天才。採用。思いつかなかった僕がバカだった」
「って待つんだアルフ、アンタ本気で……?」
さすがに慌てたサイアリーズにアルファードはすでに他のことに思考を飛ばしているのか、軽く流す。
「うん、腕も品性もマナーもよさそうだ。リオン」
「えっ、は、はい」
「至急ドルフに合うサイズの女王騎士服の手配を。ミアキス、任命式の準備に取り掛かってくれ。僕はリムに裁可をもらいに行くよ」
にっこりと。トドメの笑顔を残して、若き女王騎士長(代理)は呆然とする面子を置き去りにして女王騎士詰め所を出て行った。



**
ドルフが城に滞在する理由そのα。
臨時女王騎士。