国は崩れた。
立て直すには、実力以外のものがいる。


悲劇の主人公には。



誰がふさわしいだろうか。


 



<ビン>
 





手の中で薄く色のついたビンを転がすことしばらく。
アルファードは溜息をついた。

「王子?」
「あー・・・うん」
「使う時は言ってくださいね」
「使うなって言ったくせに」

薄く笑って、栓を抜く。
とろりとした液体を眺めて、また栓をした。


それは毒薬。
誰にも内緒で、こっそりドルフに用意させた、猛毒だった。

「誰に煽らせるかによりますね」
「・・・煽らせるなら派手にいかないとね。いっそ王族はリムだけにしてしまおうか」
冗談めかしても半ば本気であるその言葉に、ルクレティアは眉をしかめた。
「王子」
「冗談、でもないな。いっそ、リオンやミアキスも」
「王子」

暗い色の瞳を上げて、アルファードは怪しげに微笑んだ。
危うい均衡をかろうじて保っていると知れる彼のその儚い表情に、ルクレティアは何もいえなかった。
「・・・そうだ、いっそ」


守りたいと思っている。
守りたいと願っている。
守るべきだと知っている。
守らなくてはと理解している。

ただ。
――それは、刹那の衝動。

「ぜんぶ、けしてしまおうか」




悲劇の主人公は


両親を失い


心を許した仲間を失い


護衛を失い


愛する妹も失った





「ぼくいがい、ぜんぶ」


「私も、ですか、王子」
「うーん・・・どっちみちルクレティアはいなくなりそうだけど、念のため」
「リオンちゃんも、リムスレーア姫もですか」
「そーだね、じゃなきゃ僕が悲劇の主人公にはならないからね」

こんなに仲間がいたら難しいかな、と笑ってアルファードはビンを握り締めた。
彼がどんな思いでそんなことを口走ったのか、ルクレティアには理解しかねた。

「それじゃあ皆が共に食事を取る機会を設けなくてはいけませんね」
「そーだね。一つ盛大に祝おうか――リム奪還の前祝いに」
くすりと笑った王子は、ビンを握り締めて立ち上がった。










背後からの声にアルファードはちょいちょいと手招きをする。
「それは何ですか、殿下?」
香水・・・にも見えませんが、とギゼルに言われて、声に出して笑う。
「あははっ、そんなものに見える? これはね、調味料だよ」
「調味料?」
なぜそんなものをお持ちなのですか、と眉をしかめたギゼルにアルファードはビンをふって見せた。
その栓は、幾度か緩められたことがある。

「一振りで、全て壊せる調味料」
「は?」
「毒だよ、どーく。まあ、さしものドルフも君に毒を盛れって命令には従わなかっただろうから、残念ながら君は残ってしまうんだろうけど」
「・・・は?」

理解できなかった。
今、彼はなんと。

「思春期のど真ん中に戦争やらされて、僕が何も思わなかったわけ、ないじゃないか」

ねえ? と綺麗な笑顔を作って、アルファードはビンをギゼルの手に押し込んだ。
「あげる。もう衝動は消えた」

刹那の衝動。
破壊の欲望。


「で、んか?」
「殺虫剤にでも使ったら?」

過ぎった幻影。



全てを叩き壊したくなった渇望。


 



***
ダーク王子でお送りしました。