<見送り>

 

 

髪をばっさりと切ったザハークが、廊下を歩き階段を下っていく。
それをぼんやりと二階から見下ろしていたサイアリーズに、声をかけた人影があった。
「どうされましたか」
「・・・・・・処分、今日だったんだね」
はい、と頷いたギゼルに暗い顔でサイアリーズは手すりに頬杖をついて、下を見下ろす。
「どうして、あたしは何のお咎めもなしなのに、あの二人は」
「サイアリーズ様」
「――どうして」
呟いて、サイアリーズは額を手すりにゴンとつける。

「わからないんだ。何でこうなったんだろう」
「処分をお決めになったのは陛下と殿下です」
「わかってるよ、わかってるけどさ・・・」
やり切れるものじゃないじゃないか、といってサイアリーズは続けた。
「不条理じゃないか、あたしはずっとのうのうとここにいるのに」
「私もですよ」
そう言うとギゼルはそっとサイアリーズの肩に触れた。
「!・・・」
はっと顔を上げたサイアリーズが振り返ると、ギゼルは真剣な面差しで言う。
「殿下は私におっしゃいました。ただ何かを奪うことが罰ではないと」


――ただ人を罰するのはたやすいけれど、それじゃあ何も戻ってはこない。
――反省してほしいなら・・・何かやってもらう、そっちのほうがわかることが多いはずだ。

――みなが幸せになれる道を歩んだって、過去は何も変わらないからね。


「私は・・・この国を、ファレナを守るために総力を尽くす。それがせめてもの償いだと思うのです」
「じゃああの二人はどうして!」
「・・・」
おかしいじゃないか、とサイアリーズはくぐもった声で言う。
「あんたとあたしは・・・元老院にアルフが送ってた書状で守られて。あの二人は」
握り締められた彼女の拳が震えていて、ギゼルは視線をそらしてしまった。

ザハークとアレニアへの処置は、アルファードも苦悩していた。
すべてを焚きつけたのはゴドウィンの方なのだ。
だが、女王騎士の身でありながらそれに従った罪は重い。
国民はマルスカール=ゴドウィンと女王騎士両名には極刑を望んでいた。
女王であるリムスレーアもそれは同じで。

返事のないサイアリーズの肩にかけたままの手に、ギゼルはわずかに力をこめる。
だが背後から響いてきた足音に慌てて手を離した。

「叔母上、何をしておるのじゃ?」
「リム・・・」
「わらわか? わらわは」
女王としての正装ではなく、姫だったときと同じ服を着たリムスレーアは微笑む。
「わらわは・・・ザハークとアレニアを見送りにきたのじゃ」
「・・・見送りに、かい?」
「本当は、わらわは顔も見たくないぐらい憎んでおった。しかし、兄上に怒られてしもうた」
そうなんですよねぇ、と護衛のミアキスが笑う。
「王子・・・じゃないや、殿下ったらぁ、こわぁーい顔でお説教するんですよぅ。罪とその人を否定するのは別だよって、私はワケわかんないですぅ」
「これミアキス、わからないのについて参ったのか」
「そりゃ陛下の行くところには絶対行きますしぃ」
それに、とミアキスは晴れやかに幼い主に向かって笑った。

「陛下がお許しになるなら私も許しますぅ」
「む・・・」
調子のいいことじゃといいながらリムスレーアは階段を下る。
その様子をぼんやりと見送っていたサイアリーズの背を、軽く押す手があった。

「っ」
「行かれないのですか」
「・・・だって」
背を押した張本人のギゼルは微笑み言うが、サイアリーズは唇を噛む。
「あたしが出ていって、どうなるっていうのさ」
「私は行きますよ」
す、とギゼルがサイアリーズを追い抜く。
その後姿を呆然と見て、彼女は乾いた唇で呟いた。
「・・・どうして」
「きちんとこの国を守ると、誓約しにいくのです」
「なんで・・・」

「サイアリーズ様、この国を守りたいという思いを持たぬものはここにいないのですよ」

そう言って、ギゼルが階段を下ってく。
彼が一階のホールに下りて、扉のところに集まっている一団に近づいていった。
目立たない服装になっているザハークとアレニア。
その前に立っているのはリムスレーア、ミアキス、リオン、ギゼル、そしてアルファード。
何を言っているのか聞こえないが、あの中にサイアリーズが入れば、何かを壊してしまうだろう。

ここで見送るだけでいい。
そう思ってサイアリーズは手すりに手を乗せる。


と、そこで話していたはずのザハークの視線が上に上がった。
つられるようにアルファードも顔を上げる。
まずい、と思った瞬間ばっちりと目が合ってしまった。
大きく笑顔で手を振ったアルファードは、こっちにおいでと手招きする。
狼狽したサイアリーズに、気がついたらしきリオンも笑顔で招いた。


ため息をついて、サイアリーズは階段を下る。
ぎりぎり、声が届くであろう距離で、足を止める。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

無言で見つめあうサイアリーズと元女王騎士の二人。
沈黙を破ったのはザハークだった。
「では、遠方ではありますが陛下と殿下のよりいっそうの繁栄を心よりお祈りしております。そしてわずかでもその手助けになれることを、何よりの至福として勤めさせていただきます」
「・・・私も同じく。どうぞ、お健やかに、陛下」
「うむ――頼んだぞ」
「「はっ」」

リムスレーアの言葉に頭を下げて礼をして、二人は開かれている扉の向こうへと消えていく。
彼らへの処罰は、国境への永久配備。
身分を隠し名前を偽り、一責任者として赴いてもらう、と。
つまり彼らは、その命がある限り、配置された国境より出ることはない。
もう二度と、会うことは、ない。

「まっ――」

叫ぶと同時に、サイアリーズは駆け出した。
服の裾につながった金の鎖がじゃらりと重い音を立てる。
「待って!」
「「!」」
ばっと振り向いた二人に、サイアリーズは息を整えようともせずに、扉に手をついて向き合う。
「――あたし、あたしは――・・・」
「サイアリーズ様はどうぞ陛下と殿下のお力になってくださいますよう、お願いいたします」
変わらぬ口調で、ザハークは言った。
平常と同じように、同じ角度で頭を下げつつ。

「・・・ごめん、二人とも・・・」
「なぜ謝る・・・」
唇を噛み締めて、アレニアはサイアリーズを睨む。
「なぜあなたが謝る! 私は――」
「アレニア殿」
激昂しかけたアレニアの腕を押さえ取りなし、ザハークはもう一度サイアリーズに頭を下げる。


そして二人は出て行った。



 


***
こういうのをかくとホントに私は、ギゼルはただサイアさんが好きだから好きになったんだなと思う。
そのつながりでアレニアも好きだ、サイアVSアレニア、書いてみたいな♪