見慣れていたはずの建物に足を踏み入れる。
アルファードは小さく息をついた。
「王子」
傍らのリオンに微笑んで、王子は三節棍を握り締める。
大丈夫だよと、そう伝えたつもりだったが、リオンはぎゅっと自分の武器を握りしめた。
「私が、王子をお守りしますから!」
「ふああ〜本当に王子様だったんだねえ〜」
「あれ、ビッキーちゃん信じてなかったのぉ?」
「そ、そんなことないよー、驚いただけだよ」
緊張感のないビッキーとミアキスのやり取りに、アルファードはくすりと笑った。
「でもさあ、王子さま? 警備がいないよねえ」
「みんな逃げ出したんじゃない」
首をかしげたリヒャルトにそう返しておいて、アルファードは扉に手をかけた。

これが最後の戦い。
――に、なるといいと思って。





 


<秘薬>
 

 

 




入ってすぐそこにいたのは、予想通りの人物だった。
並んだ二人は、そろいの服に身を包む。
「逆賊めっ! ついにここまで来たか!」
向けられた厳しい言葉。
憎しみと怒りしかない双眸。
覚悟はしていたけど、息が詰まる。
「女王騎士の名にかけてこの太陽宮を汚させはしない!」

本来なら、自分を守ってくれている、人。

呆然としたリオンが力なく首を振りつつ問う。
「本気で言っていらっしゃるんですか、アレニア様……」
何か理由があるのでしょうと、懸命に願っているような言葉。
しかし戦闘にいたミアキスが刃を振りかざし叫ぶ。
「そういうの、盗人猛々しいって言うんですよっ!」
激昂したミアキスは、両手の剣を握り締める。
「黙れっ!! 女王陛下はリムスレーア様! 女王騎士長はギゼル様だ!」
悲鳴に近いアレニアの言葉に、アルファードは唇を噛む。
どうして彼女は、目を覚ましてくれなかったのだろうか。
どうして。

「それを認めぬ貴様らが逆賊でなくてなんだというのだっ!!」
「やめたまえ、アレニア殿。いまさら互いの是非を言い合ったところでどうなるものでもあるまい」
落ち着いた声のザハークがアレニアを制す。
だが、彼はそれを制すだけ。

「ただ、我々はここを譲るわけにはいかない。それだけのことだ」
「ザハーク、アレニア」
三節棍を構えて、アルファードは鎮痛な声でもう一度だけ、頼み込む。
「王家の僕の、第一王子アルファードの命令だ。下がれ」
「……参る!!」

迷いのないその様子に、アルファードは下を向いた。


「いっきますよおっ!」
「ミューラーさーん、みっててねー!」
「王子のために、容赦はしません!」
「え〜〜いっ!」

「王子様……どうしたの?」
四人が飛び出ていったのに、自身は動かずのを見ていたアルファードにサギリが声をかける。
もちろん、彼女の武器はとっくに投げられている。
「うん、なんかね、こう、むなしさがね」
遠い目をして言ったアルファードの懸念は当たり、国内でも精鋭のはずの女王騎士であるアレニアとザハークは、すでに虫の息だった。

「うふふふぅ〜、お二人ともありとあらゆる手合わせで私に勝ったことなんかないくせにぃ!」
「これくらい、モンスター千匹切りと比べたらどうってことありません」
「ミューラーさんの一撃に比べたら、蚊に刺されるより痛くないねv」
くすくす笑う肉弾戦闘員三名の後ろで、ロッドを構えているビッキーを見てアルファードの顔色が変わる。
「あっ、魔法はダメ!」
「ええっ、魔法詠唱終わっちゃった! 最後の炎連続魔法ー!」
「「ぎゃあああああああああああ」」

「……女王騎士の質、落ちたかなあ……」
ビッキーの魔法を止め損ねぼやいたアルファードは、とりあえず前に出る。
ここまで実力差を見せ付けておけば、あとは抵抗しないでくれるはず。
というかとっとと一撃入れて気絶させないと。
「王子ぃ、刺しちゃってもいいですかぁ?」
「ダメっ、ダメだからねミアキス!」
「ええー、急所ははずしますからぁ、たぶん」
「ダメだって」
……確実に二人はここで殺られる。

「ハア……ハア……お、おのれ……」
必死に立ち上がった二人(一部火傷有・髪はちりちりパーマ中)は剣で必死に身体を支える。
「もういいだろう、そこを通してくれ」
「まだだ……まだ倒れるわけにはいかん!」
「そ、そうだ! ギゼル様を……ギゼル様をお守りせねばっ!」
二人は懐から小瓶を取り出す。
思わずリオンが駆け寄ろうとし、アルファードは彼女を止める。

「それはっ!? いけません! やめて下さいっ!!」

叫んだリオンが止められるはずもなく。
二人は。
薬を。
飲み干した。

「ああ……っ!! な・・・なんてことを……」
ショックによろけたリオンをミアキスが支える。
アレニアとザハークの手から、それぞれ空になった小瓶が滑り落ちる。
からんと言う音がやけに大きく木霊した。
「皆さん気をつけて、あれは烈身のっ」


バタリ


「……え?」
「あれ?」
「あれれえ〜? 王子さま、倒れちゃってるよ?」
首を傾げたビッキーに微笑んで、アルファードはすたすたと床に崩れ落ちた二人に近づく。
「王子っ、いけません!」
必死に止めようとするリオンの言葉に耳を貸さず、アルファードは倒れている二人のところにしゃがみこみ。


うに


頬を、つねった。

「よし、完璧」
「どういうこと?」
「説明はあとね。ミアキス、リオン行こうか」
「えっ……お、王子っ、どういうことですか!」
詰め寄るリオンに何も言わず、アルファードは二人を乗り越えて奥へ進んだ。





残されたサギリとリヒャルトとビッキーは、横たわっている二人を観察する。
「息、してる」
「ほんとだ、寝てるだけじゃん」
「……これ……」
倒れている二人を調べていたサギリが立ち上がって呟くと、ビッキーは彼女の横にちょこちょこと歩いていく。
「何かわかったの?」
「たぶん……」
「まあなんでもいーや、これでお仕舞いならミューラーさんのところに戻っちゃダメかなあ」
「ダメだよぅ、王子様待たないと」
そう言いながらも、ビッキーはロッドの端でつんと倒れている人物をつつく。
「……すうすうすう」
「ホントに寝てるだけだねえ」
そう言って首を傾げ、どういうことかなあとぐるぐると考え出す。
さしもの彼女にも、経験のない事態であったらしい。



 



***
パーティ面子は私の1週目の面子です。
実際はビッキーをだすまでもなく、うっかりお任せで1ターンキルでした(烈身前
理由→ミアキスの狂戦士+サギリの諸刃

まあ烈身後も1ターンキルだったんだけどね……