<仮面>
ストームフィストに王子の軍が侵攻しているという報告をどこから聞きつけたのか、サイアリーズがギゼルのところに乗り込んできた。
がん、と机に手を乱暴について、その手が傷まなければいいのにとギゼルは心の中で場違いな事を考える。
「あたしもストームフィストに行かせてくれないか」
「だめです」
「なんでだい」
目を眇めたサイアリーズに気づかれないよう溜息を吐いて、ギゼルはだから耳にしないよう気をつけていたのにと、情報がどこから漏れたのか後できっちり調べようと思った。
今アルファードと会って、サイアリーズはなにをしたいのか。
ここでギゼル達を裏切ってアルファードのところに戻るという選択肢がないわけではない。
正直そちらの方が都合がよかったりするのだが、サイアリーズの性格を鑑みるとそれはありえないだろう。
おそらく自分を「敵」と認識させたいのだろうが……。
あのですね、とギゼルは手を組んでサイアリーズを見上げる。
「黄昏の紋章を宿しているあなたを城から出すわけにはいきませんよ。万が一王子側に紋章が渡られたら困ります」
「あたしが逃げるとでも思ってるのかい」
「負けたら困る、と申し上げているのです」
もしも逃亡すらできない状況に陥って、黄昏の紋章が王子の手に渡ったら。
あちらは黎明の紋章をすでに所有している上、この二つの紋章は太陽の紋章を制御する力がある。
厄介な事態になりこそすれ、自分達に利はない。
ざっと理詰めで説明され、サイアリーズは下唇を噛んだ。
納得はしておらずとも理解はしてくれたのだろうと、ギゼルは我ながらよく回る舌に感謝した。
思ってもみない事をすらすらと吐き出せる自分の性格に、この時ばかりはよかったと思う。
釘を刺すかのごとく、ギゼルは一言付け加えた。
「ストームフィストにはキルデリクを向かわせています。あなたは大人しくしていてください」
「……分かった、よ」
これ以上言っても許可をもらえないと悟ったのだろう、渋々と頷いて、サイアリーズは部屋を辞去した。
本当はその背を追いかけて抱きしめたいが、今それをしたら確実に殺られる。
一人に戻った室内で、ギゼルはやれやれと深く息をついた。
サイアリーズの前で気を張っているのにはかなりの神経を使うのか、どっと疲れが襲ってくる。
それにしてもどんどん嫌な役回りになっている気がする。
もちろんそれは最初から予想していたことだが、サイアリーズに面と向かって辛辣な言葉を並べ立てるのはなかなか気が重いのだ。
「……ドルフ」
「ここに」
「あちらの様子は」
「すでにストームフィストの周囲をかこんでいるようです。開戦は明日の明朝にでも」
「お前もストームフィストに向かってあの方の様子を。こちらはこのまま王宮に控えたままにしておくと伝えてくれ」
「…………」
一礼して姿を消したドルフを気にも留めず、ギゼルは机の上に広げられた戦況報告と、国土を示す地図に視線を向けた。
ゴドウィンの赤と王子軍の青。
国土の大半が青で埋め尽くされたその地図の内、ストームフィストの上に乗せられた赤い駒を青に変える。
それは遠くない未来予想図。
いくつか予定外の事が起こりはしたが、ここまでは許容範囲の内だ。
このまま王子が上手く動いてくれればいいが。
「もう少しですよ」
今まで取ってきた行動が吉とでるか凶とでるか。
その結果が形として現れるまで。
***
頑張れギゼル。