<埋葬>



何を言ったか一瞬わからなかった。

「人っていつか死ぬんだねぇ」
「何言ってるんだお前」
だってそうじゃない? とそいつは振り向いて笑う。
とても綺麗に。
「あと百年したら、僕が知っている人はみぃんな死んでいるんだよ」
たった百年なのにねえ。
みぃんな、の音を妙に伸ばしてそう言った。

それが――とてもらしくないと思った。
それに、縁起でも、ない。
「こんな時に、何言ってんだよお前はっ」
「こんな時だからじゃないか」
わかんないかな、とそいつは笑う。
いつもは結っている髪がほどけて流れていた。

結ってくれている人が、今はいないからだろうか。
そうだ――俺はこいつの事を何も知らない。
その髪を自分でいじるかすら、知らない。

「あと百年すれば、君も僕も、いないんだねぇ」
「だから、なんだって言うんだよ」
「この国の、世界の歴史に比べれば、僕らの命なんて儚いね。誰が――」
だれが、ともう一度呟いた。
夜でも月が不吉なほどに明るいから、暗いとは思わない。
ただ一面、色を失って淡く光っているだけだ。
「誰が、百年先に僕らのことを覚えているんだろうね」
「――く」
くだらねぇ。
言い捨てるつもりだった。
そいつが、ここからでは横顔しか見えないそいつの頬に、光るものがなかったら。

泣いて、いるのか。
あの時だって、何も言わなかったこいつが。
「僕が頑張って、皆がいっぱい傷ついて、たくさんの人が死んで、殺して。それが百年先に、意味のあるものになっているのかなぁ」
ねえ、ロイ。
夜の中佇む王子さんに、俺は言う言葉が見つからなかった。
「知ってた? 貴族と、僕らと、皆がこぞって奪い合いをしているリムスレーア=ファレナスはね。まだ――たったの十歳なんだよ? 僕は、彼女の敵になるのが正しいのか、それともこのまま折れた方がいいのか?」
わからないんだよ。
そう言った。

何も言わない俺に、そいつは話し続ける。
答えなんて返ってこないものだと、思っているのかもしれない。
「僕は、「王子」なんて生き物じゃないんだ」
呟いたそいつは、首に巻かれている布を引っ張る。
「アルシュタート=ファレナスの息子であるだけなんだ。なのに僕は軍を率いて、僕のために犠牲を出して。僕が今まで国のために何をしたって言うのさ? 僕が貴族から女王を奪い取って、それで僕が政治を握るのか。――それが、なんで国のためになるのさ?」
同じ事なんだよ、とそいつは言った。
「誰が政治を執ろうとも、国の人にとっては変わりはないさ。どうせ上は権力のために戦う、国が潤うのは人のおかげでも、紋章のおかげでもない」

それは、人の力なんだ。

――そうと言って、すうと振り向いた。


「……ねえ、ロイ」
人っていつか死ぬんだよねえ。
「んなのっ、んな小難しい事俺にわかるわけっ――」
「――僕も君も、死ぬんだよねえ。あっけなく、さ」

そう、人は――人は、死ぬ。
飢えても、凍えても、ナイフに刺されても。
――昨日まで笑っていた人は、あっけなく。

「戦っても皆忘れてしまう。生きていても、いつか死んでしまう。今の敵もいつかは死ぬ。なら僕らはそれを早めているだけだ。最後には無くなるもののために僕らは全てをかけて足掻くのかい?」

嗤った。

「――ああ、本当に」
馬鹿みたいだ。
そう言って、そいつは空を見上げる。
憎いほど明るい満月を。
「月が平等に明るいというのは嘘だね。だって僕にだけほら、こんなに明るい」
「王子、さん」
……だめだ。
このままだと、こいつは。

こいつは、壊れる。

もうぼろぼろだったんだ。
それがあんな目に遭って、どうかしない方がおかしいんだ。
親が死んで、ずっと傍にいた護衛が倒れて、
――届きそうになった妹は、叔母の手で連れ去られて。

「王子さん、戻って、戻って来いよ! あんたは、皆はあんたが要るんだよ」
「だからねロイ、人はみぃんな死ぬんだよ」
いつかはなくなるものなんだ。
なのになぜ――
「なんで僕が、どうしてこのアルファードという人間一人が、ただ故女王アルシュタート=ファレナスの息子に生まれたからと言って、背負わなくちゃいけないんだ?」


そう言って、王子さんは突然泣き出した。




「僕のために人を殺すのは嫌なんだ!」
ぼろぼろと涙を落としながら、そう叫んだ。
「――なにも、あんたのためじゃ」
……ないと、俺は言えるか。
ここに集まっているのは、皆そう思っているんじゃないか。
国のためではある、俺たちの意地でもある。
私怨に近い奴もいるかもしれないし、他の理由もあるだろう。
それでも――戦うのは、軍主のためだと、その思いはないか。
「リオンだってどうして僕を守るんだ。ロイだって、なんで僕の影武者なんかやるんだよ!」
「――っ、それは」
あんたが、この軍にとって、大事な
「もう嫌なんだ、これじゃあ――」

これじゃあ、と王子さんは悲鳴に近い声を上げた。



       
「王宮にいたときと何も違いやしないじゃないか!」




そして、泣き声は止む。

ずずっと、鼻をすする微かな音がした。


「……何が変わる、僕がいて。話がややこしくなるだけだ。女王の兄と言う旗頭を掲げて、皆が国にたてつき内乱を起こす大義名分になってるだけだ。僕は変わらず、守られて。皆が傅いて、王子と呼ぶ」
何が違うんだ、と言い捨てた。
「僕はもう王子じゃない、僕はもう庇護される対象じゃない。皆が忠誠を誓うべきは僕じゃない、この国の女王陛下リムスレーアだ。僕は彼女から、この国の民を無理矢理奪っている簒奪者なんだよ!」

「……ふ、」
どうしてコイツは。
こんな事を、ここで、こんな風に。
「ふっざけんなよこのやろう!! なんで俺らがここで戦ってるのかあんたはっ」
わかって、ないのか。
理由は違うけど。
俺たちの、想いを。
「なんで僕がここで戦ってるのかどうして誰も疑問に思わない?」
冷えた目だった。
冬の湖のような、冷たい――



「僕は本来、あっち側なんだよロイ」



鋭く言われた言葉に、俺は再び声を失った。

そんな――それは、どういう。
あっち側とは、それは、敵の。
「敵なんかいない」
じゃあ、俺たちが戦っているのは、あれは――         
「勘違いしていないか。これはただの次の世代の権力を握るための内乱なんだ」

内乱――

「じゃあ、お前は、俺たちがしている事はいつかなくなるから無駄だと、そういうのかよ!」
「そもそも何かできるのかすら不明じゃないか」

否定も肯定も無く、王子さんは笑った。
とても綺麗に。

「もし全てが無駄になったら、僕はどうやって償えばいいんだろうね」


そう言った王子さんの顔を見て、俺はようやく気がついた。
こいつは――
わかりすぎてしまったんだ、俺たちのしている事について。
気付きすぎてしまったんだ、何も知らない状態から。
――俺たちの誰も、見ていない未来を、垣間見てしまったんだ。

「誰か、教えてよ……」
顔をゆがめて、請う。
「……もし僕らが勝っても国が何も変わらなかったら、僕はどうやって償えばいいんだ……僕を王子と今まで傅いてくれていた人たちに、どうやってお詫びをすればいい――」
気付かれたらどうしよう。
震える唇でそう言った。
「僕が「王子」じゃないって、皆が気付くのはいつだろう」
「…………」
「百年どころじゃなくて――」

あと十年先の誰が、「王子」ではなかった僕のことを覚えているんだろう。

そう言って、そいつは銀の髪の向こうに隠れた。
それからもう、何も言わずに動かずに、ただ厭に明るい月を見て――



「……あんたが、「王子」じゃないと言っても。それでもあんたは、王子なんだ、アルファード……」



俺の言葉が届いたのか、そうではないのか。
わずかにアルファードは、振り向いた。

「あんたが違うといっても、あんたは軍主で俺たちの頭なんだ」

だから俺もリオンだって。

「だから俺たちはあんたを守るんだ、あんたは俺たちに――」
この国の軋みに気がついていた俺たちに。
「……夢を、見せてくれているんだ」

「……そう、夢ね」

ぽつり言葉が返ってきた。
そう、ともう一度その銀の影は呟いた。
「夢はいつか、終わるんだろうねえ」
「終わるさ。でも、目が覚めた後に何を思うかは、俺たちの自由だ」


あんたの責任じゃ、ない。
そう言ったけれど、アルファードは動かなかった。

「アルファード、戻れ、よ」
「……おやすみ、ロイ」


背中を向けているそいつの肩に俺は。
――手をかけて引っ張る事が、できなかった。






***
シリアスを書くとその人の性格がつかめます。
始めは坊とフリックだったんだよって小声。

ちなみにロイ視点なので、王子の裏企てには触れてません。