<Beautiful morning>



朝、もともと早起きのギゼルはすでに朝の仕事を終え、東の棟へ向かっていた。
東棟の上階に立ち入ることが出来るのは王族の男性のみである。
……そして、女王騎士長であり女王リムスレーアの夫であるギゼルにはそれが許されていた。
「陛下はもう?」
「はい、もう勉強にはいっておりますが」
下がってきた侍女に声をかけて、ギゼルは頷くと目的の部屋の前までやってきた。
もちろんここまで来た理由はリムスレーアではない。
ほっといても彼女はちゃんと起きるし学ぶし食べるし謁見までこなす。
それに護衛は優秀な人物がついているから問題はない。

問題なのはコチラである。


「せ、せーの」
恐る恐る侍女たちがじゃんけんをしている前で、ギゼルは苦笑した。
やはりというか。
予想通りというか。
……覚悟していたというか。

「何をしている?」
「ひゃっ!? ギ、ギゼ……女王騎士閣下! そ、その!」
「わかっている。今日は誰が被害に遭うかのじゃんけんだろう」
「や、そ、その、被害ってわけじゃ……その……」
ぼそぼそと繰り返した侍女に微笑んで、ギゼルは一歩進む。
「以前はどうしていたんだ」
「そ、その、姫様が……」
「なるほど」
それならば被害に遭うことはないだろう。
納得したギゼルは肩を竦めた。
――ここであの男の名前なんか出されたらたまったものではない。
「あ、あの、閣下?」
「私が起こす。昼の支度を二人分」
「え、でも」
「命令だ」
「はっ、すみません!」

ばたばたと侍女が散っていくのを見送って、ギゼルはそっと扉を押し開けた。
ふわりと鼻腔をくすぐるのは彼女がつけている香水の香りだ。
……それを嗅ぐたび思い出すことがあるのだけど、誰にも言ったことはない。

ベッドには彼女が眠っていた。
薄い色の髪を散らして、小さく寝息を立てている。
陽光に照らされたその顔を見つめながら、ギゼルは傍らに腰を下ろした。
「……サイアリーズ……様」
こぼれた髪をすくう。
くるくると指にからむ髪に、顔を近づけた。
「……サイア」
胸に秘めた、言葉を。
寝ているあなたにしかいえない臆病な私を。


「すまない」


どうか、許して。


「――私が、父を殺していれば。ゴドウィンの家を滅ぼしていれば、あなたにこんなことをさせずともよかったのに」
どれほど考えが違おうとも、やはり父だった。
己の手にかけることは、できなかった。
あの時、陛下と閣下に全てを話していれば。
中途半端に、王子と手を組んでなんとかしようと思わなければ。

あの時はあれしかなかった。
けれど、あなたなら。
「……私を、きっと信じてくださっただろうに」
必死にギゼルが訴えたことを、サイアリーズは無視しなかっただろう。
なぜそう信じられなかったのか。
全てが回ってしまった今はもう遅い後悔だけれど。

「んっ……」
呻いたサイアリーズに微笑んで、ギゼルは彼女の頬に指を滑らせた。
「おはようございます、サイアリーズ様」
呟くと同時に、身を引く。
鳩尾を違わず狙ってきた拳を避けて、反対側へと移動をすると彼女のむき出しの肩をゆすった。
「サイアリーズさ」
ひゅっ
「朝です、お起きになってくだ」
ひゅんっ
「……本当に、可愛らしい人だ」

満足そうに微笑んで、ギゼルは次に飛んできたサイアリーズの右手を受け止め、頭へと直に向けられた左足を捕まえる。
くるっと相手の体を反転させて、ベッドの上に座らせる格好を取らせた。
「おはようございます、サイアリーズ様」
「ん? あんた、なんで人の部屋に勝手に」
「少々遅れていらっしゃったので」
「……そうかい……」
目を擦ってサイアリーズは欠伸をする。
まだ寝ぼけているらしく、目の焦点が合わない。

ふわりと彼女の腕が肩に回されて、ギゼルは驚愕に固まった。
「嫌な夢を見たよ……」
「ゆ、夢ですか」
「あたしとあんたが敵になって……姉上が死んでしまう夢だよ……あんたはリムの婿になるなんて言い出して、ふふ、なんでだろうねえ……」
小さく笑った彼女に何も言えず、ギゼルはその背中に手を回す。
「嫌だよギゼル」
「え?」
「……リムと結婚なんかしちゃ、嫌だよ。あんたはあたしと結婚するんだから」
「っ……もちろん、ですよ、サイアリーズ様……」
唇を噛み締めて呟くと、満足そうにサイアリーズは笑った。
「夢でよかった」
「…………」

それは全て現実なのに。
彼女は夢でよかったと嬉しそうに笑った。
「ねえ、ギゼル。朝はここで食べていいだろう。なんだかとても疲れて……」
「……お休みになるといいですよ。食事はまた後にいたしましょう」
「そうかい? ……そう……だねえ……でも、ギゼル……」
「はい」
とろんとした目になって、ぽすと横たわったサイアリーズは訴えるような目でギゼルを見上げた。

「傍にいてくれよ」
「……はい」
頷いてギゼルは彼女の手を握った。
「よかった……あと……起きたらいっしょに……」

呟いた彼女が瞼を下ろす。
握った手を額に当てて、ギゼルは静かに涙を流した。


それは随喜。
そして悔恨。









***
ギゼサイです。
コッテリとギゼサイです。

ラブラブも好きですが報われないギゼルもいいと思います。