<西の指導者>
ノックが鳴り止む前に、かちゃりとすでにノブが回る。
マナーの悪い客を、宿屋の部屋にいた王子は笑顔で迎えた。
「やあ、オロク」
「……護衛のお嬢さんはいないな」
「いないよ。人払いは徹底してある。さ、持って来た書類を見せて」
笑みを絶やさず手を出してきたアルファードに、オロクは懐から取り出した書類を渡す。
それにざっと目を通して、彼は眉をひそめると仏頂面のオロクを睨みあげた。
「備蓄と資金、これだけぇ?」
「残念ながら。ザハークが燃やしてくれた分は天引きしておいた」
「…………」
ぺいっと書類を机の上に置いて、アルファードはあーあと肩を落とす。
「少しは楽にしてくれるって話だったのに、相変わらず赤貧経営じゃないか」
「……王子、聞きたい事が五万とあるんだが」
「どうぞ。そのための人払いだしね」
椅子を勧められて、オロクはアルファードと向き合って腰かける。
「単刀直入に聞くが、どうして俺のところにゴドウィンの署名と共にお前へ援助をするよう密書がくる?」
「正確にはどんな内容?」
「『アユーダ軍に資金面での援助を拒むな』だったか」
「答えはひとつしかないでしょ?」
足を組んでアルファードは頬杖をつく。
「君にその密書を送った人間と、僕は組んでいるのさ」
「なっ……! ではお前はゴドウィン派と結託しているのか!」
「いいや、正面から争っているよ。昼間の戦争見れば分かるでしょ?」
そうだね、と呟いてアルファードはふっと笑みを消すと真顔になってオロクを見つめる。
「本当なら暴動にすら発展する予定ではなかったんだよ。マルスカール=ゴドウィンを失脚させ、返す手でサルム=バロウズを引退に追い込む。本当にそれだけでよかったんだ」
どこで何が狂ったのかな、と言ってアルファードは独白を続ける。
「ただ彼はあの人の幸せを、僕はこの国の平和を願っただけだったのに」
「……どういう」
「向こうの陣営とこちらの陣営で、僕らは必死に演じているんだ」
「……つまり、お前とギゼル=ゴドウィンは」
「あれ、名前まで出してるの彼」
変なところで正直だよねえ、とアルファードは苦笑した。
「どうしてっ、どうして協力しているのならレルカーをっ!」
「ゴドウィン派が全員ギゼルの言うこと聞いていたら、戦争なんかないよ」
「…………」
「今日のあれはザハークの独断だ。僕とギゼルではどうしようもない事だった。ザハークがここまでするとは夢にも思わなかったよ……責任の所作は王族の僕にある」
そう言ってアルファードは立ち上がると、オロクに深く頭を下げた。
「――結果は必ず出す、被害はけして無駄にしない」
「あ、頭をあげろっ」
「……いいんだ。僕が頭を下げたい」
そう言ってアルファードは頭を下げたまま目を閉じた。
まさか彼が。
そう思っていた。
どうして――……その言葉だけが胸のうちを回っている。
厳格で生真面目で、でも真にファレナを思っていて、王族を守ってくれていた。
その彼がどうして。
頭を下げたままのアルファードからオロクは視線をそらす。
名君と謳われたアルシュタートに生き写しとも言われた王子、アルファード。
そのかわいらしい容貌からお飾りの王子だと頭から決め付けていたが、彼の指導者としての手腕は先の戦争で十分に知れた。
その彼が、頭を下げているのがいたままれなかった。
彼が今戦っている相手の女王騎士は、かつて彼が頼り守ってもらっていた人々なのだ。
その相手を戦争をして、その心が揺るがないはずがなかったのに。
「すまない、考えなしだった……」
呟いてオロクは唇を噛んだ。
「いいんだ、レルカーを焼かれたのは僕の落ち度だし」
ようやく顔を上げたアルファードは、穏やかに微笑んでみせる。
「――じゃあ、協力ありがとう。何かあったら、またね」
「……ああ」
立ち上がったオロクが部屋を出、遠ざかっていく足音を聞いていたアルファードは、引き出しの中からするりと一枚の紙を出すと、ペンですらすらと数行書きつける。
「……やっと半分、か」
呟いて、残りの文章を急いでしたためた。
明日の夜には、ソルファレナの彼の手に渡るだろう。
***
オロクいい人だった。
のでこんな半端な役回りで。
どこまでがギゼル策でどこまでがマルさんの指示なのか謎。
でもザハークがあんなことするなんて意外すぎたよ。