<唯一の名>



「王子、軍の名前、本当にあれでいいんですか?」
めいめいが散っていく中で、ルクレティアが扇で口元を隠すようにして王子に声をかけた。
つい先ほど決まった城の名前は、アユーダ。
何を意図したと知れたのは、この中ではつけた本人と聡明な軍師くらいだろう。
「なんですか、王子の決めた名前に不満でもあるんですか?」
「いいえ、そういうわけじゃないんですけどね?」
リオンの不機嫌そうな視線にルクレティアはころころと笑い、扇を閉じて口元に当てた。
「とてもいい名前だと思いますけどね?」
「それでいいんだよ」
ルクレティアの言葉に、至極楽しそうにアルファードは答える。
「面白いでしょ?」
「……そうですねぇ」
にっこりと笑って言葉を交わす二人を、リオンとレレイは首を傾げて見つめるばかりだった。










セラス湖の中から突如現れたその場所を、王子を中心とした反乱軍は根城にしたという。
その情報がもたらされたのは、セラス湖の異変から数日経ってからだった。
昼間でも部屋の半分が薄暗い部屋の窓際に立って、ギゼルは外を眺めていた。
そこからセラス湖が、城が見えるわけではないが、視線の先の彼方には確かにあるのだ。

「先生方が悔しがっていますよ。まさかあんなところに遺跡があるとは思わなかったようです。まあ私もそうですが」
「ルクレティアは二年も前に知っていたのだろうがな。主君の私にも報告しなかったとはすでに私を敵と見定めておったゆえか……」
「なんとか調べさせたいですが、あそこを拠点にされると難しいですね」
「反乱を平定したのちじっくりと調べればよい。以後後手に回らなければの話だがな」
長椅子に座ったマルスカールが無表情に言う。
今回のシンダル遺跡の発覚に関しては、完全にこちらが後手に回る形となってしまったので、反論する余地もなく、ギゼルは肩を竦めて頷いた。
「それについては私も反省しています。前に父さんに言われたとおり、私が王子を育ててしまったようなものですからね」
「……楽しんでいるように見えるがな」
「そうですか」
マルスカールの言に、ギゼルは小さく笑う。
それを敵に対する賞賛と取ったのか、この戦局の流れを楽しんでいると取ったのか、マルスカールは眉を僅かに上げて息子を見た。

すでに退室しようと背を向けているギゼルに投げかけるように言う。
「目的を見失ってはならん。ファレナに千年の繁栄を約束するのは並ぶものなき力、そしてゆらぐことなき磐石の秩序。我らはその礎を築くために立ったのだぞ」
「もちろんです」
頷いて、ギゼルは退室した。

その顔に微笑を崩さぬままに。





その足でアレニアと呼び寄せた紋章師に西の離宮に行くよう伝えたあと、自室に戻り、ギゼルは椅子に深く腰掛けて足を組んだ。
徐々に笑みが深くなり、終いには堪えきれなくなったのか、体を震わせ始める。
声をあげてこそいないものの、噛み殺しきれない笑いが時々漏れる。

報告を聞いた時は一瞬耳を疑った。
次に浮かんだのは、言いようのない高揚感と、アルファードに対する何か。
喜びでも感謝でもない、ただおかしいと言ってしまうには違う。
「アユーダ軍、ですか。いいセンスをお持ちだ」
異国の言葉で「助け」を意味するそれは、ゴドウィン家に虐げられた多くの国民を支持する言葉であり、自身らと対立するにあたって相応しい命名である。
けれどギゼルにとって、それは違う意味とも取れた。
アルファードがそこまで考えてつけたかは定かではない。
ギゼル一人王宮からで事を推し進めていかねばならない事へ対しての鼓舞と取るにはいささか深読みしすぎだろうか。

くくく、と笑い続けながら、ギゼルは人を食ったような笑みを浮かべてドルフを読んだ。
「ドルフ」
「はい」
「今後の指針について書き留めた書状をあちらへ」
熱烈な応援を受けたからね、遊んではいられないだろう。
楽しそうに笑って、ギゼルはペンを取った。

 

 



***
5の城の名前は「アユーダ」。
アルファードは面白半分につけています。