アユーダ城から遺跡へとかけられた桟橋の途中に腰を下ろし、水面に糸を垂らしている人影があった。
スバル達が釣りをしている場所よりもかなり離れた、どちらかといえば遺跡よりの場所なので、他に糸を垂らす者はいない。
釣り場へ行けば生簀で育てた大物も放流されているし、こんなモンスターが釣れかねない桟橋で釣りをする物好きはいないのだ。
<太公望>
「平和だー……」
テッドは釣り竿を支えながら、ぼんやりと空を眺めて呟いた。
上空には白い雲がゆるやかに流れていて、降り注ぐ日差しも心地いいものだ。
これだけのんびりできる場所も久々だと自然と緊張感も緩む。
現実にはここファレナ女王国は内戦の真っ最中であり、この城はその片割れであるアルファード王子率いるアユーダ軍の本拠地であるのだけれど。
先日の難民に紛れてこの城でしばらく生活してみたが、なるほどかなり居心地がいい。
兵士の人当たりもいいし、何より静かだ。
テッドはひょいと竿を上げた。
糸の先に何もない事を確認して、もう一度投げ入れる。
ぽちゃりと波紋が広がって、再びあたりは静かになった。
「あー……マグロ食いてぇ」
魚は好きじゃないけれど、マグロは別だ。
のんびりと、ともすれば眠気に押されそうな様子で座っていたテッドは、近づいてくる気配に姿勢を正した。
「調子はどう?」
釣竿を握っているテッドの手元に影が差す。
視線を横にずらすと銀色の髪が見えて、テッドは視線をすぐに前に戻して答えた。
「ぼちぼちですかねー」
気負いもなく答えるテッドに、アルファードは微笑んで頷く。
王子という身分、軍主という立場からしても不自然なほど彼は気さくに一般人に話しかけるから、最初は恐れ多いと畏まっていた一般人も、気軽に挨拶をするようになった。
物腰は上流階級そのものだが……「天魁星」というものはこういうのばっかなんだろうかね。
無言のまま釣竿をたらすテッドに、しゃがみこんだアルファードの視線が突き刺さる。
何か聞きたいのであれば聞けばいいのに、と内心嘆息して、テッドは笑みを浮かべてアルファードを見た。
「どうかなさったんですか?」
「……ちょっと不思議に思ったんだけど」
聞いていいものか、と首を傾げ、アルファードはテッドの手から伸びている釣竿の先を指差した。
「これ、餌ついてないよね」
「…………」
無言でテッドは竿を引き上げる。
垂らしていた糸の先には針だけで、餌はついていない。
「君、よくここにいるから気になって」
余計なお世話だったかな、と微苦笑するアルファードに、テッドは薄く笑って再び竿を投げ入れた。
水面下で、針がゆらゆらと動いている。
そのすぐ近くを小さめの魚が通りかかって、針に見向きもせずに行ってしまった。
「あんまり魚好きじゃないんで」
「そうなんだ」
じゃあなんで釣りしてるの、と訊ねてくるかと思ったが、アルファードはそれ以上は突っ込んでこなかった。
「せっかくの時間を邪魔してごめんね」
「時間はたっぷりありますから」
笑顔で答えて、立ち去るアルファードを見送った。
それからもうしばらく経って、太陽の位置が真上から少しずれ込んだ頃、テッドは釣り糸を引き上げて立ち上がった。
このまま戦争が終わるまでいてもいいかななどと思ってみたりもしたが、また戦いが近づけばこの場所も慌しくなるだろう。
あまり戦争に近寄らないのが自分にとっても周りにとっても賢明なのだ。
それに先程から釣り橋のところが騒がしく、同時に紋章が懐かしい気配を感じ取っていた。
顔を合わす必要はないし、会ったら碌な事にならなさそうだ。
行きますか、とテッドは背伸びをして、傍らに置いておいた荷物を担ぎ上げる。
「久々にのんびりしたしなぁ」
満足そうに呟くと、テッドは遺跡の方に向かってゆっくりと歩き出した。
***
テッド、クロスを察知して逃走。
本人にばれたら笑顔で湖に沈められそうな。