<A verdade que e escondida 4>



「……生きてる、んだよねぇ」
ひらひらと何も刻まれていない手を振りつつサイアリーズは息を吐いた。

自分はあの時死んだはずだった、死んだと思っていた。
あの脱力感は間違いなく本物だったはず。
薄れていく意識の中で、それでもいいと思った。
甥と姪はきっとこれで大丈夫だと。
もう自分がいなくても立派に国を受け継いでいってくれるだろう。
自分のなすべき事はもうすべて終わったのだ。
……そう思ったはずなのに、どうしてか自分はまだ生きている。

生き恥でも晒せというのかと自嘲気味に前髪をかきあげる。
これから先、どうしろというのだ。
自分の居場所などもうどこにもない。

ノック音が響いた。
何も言わずにいると、控えめに開けられたドアの隙間から、アルファードが顔を出した。
起きているサイアリーズに小さく微笑んだ彼を見て、サイアリーズは目を見張る。
「アルファード、あんた」
「似合わないかな」
照れくさそうに言う彼の髪は、ばっさりと耳の下辺りで切られていた。
歩く度に後ろで揺れていたものがない。

ドアを閉めて、ベッドに上半身だけを起こしたサイアリーズの傍らに寄ってくる。
「起きてから何も食べてくれないって侍女が泣きついてきてさ。食欲がないなら食べやすいものを作ってもらうけど」
ずっと寝ていたからお腹の減りも遅いのかなぁ。
何か食べたいものある、と聞いてくるアルファードから、サイアリーズは顔を逸らした。
どうして自分に笑いかけてくるのだろう。
優しい子だ。
けれど、自分は、そんな子を裏切ったのに。
どうして今までと同じような笑みを向けて。

許してもらえるだなんて僅かな期待を振り払うように首を振って、サイアリーズは乾いた唇を動かす。
声は擦れていた。
「あたしは、あんた達を裏切ったんだよ?」
「叔母上」
「目の前でリムを掻っ攫って、戦争を長引かせてこじれさせて。あたしがやったのはそういうことだ」
顔向けなんてできやしない。
笑いかけてもらえる道理なんてない。
裏切り者だと、罪人だと、いっそ幽閉にでも死刑にでもしてくれればいい。
「あたしは自分の事のために周りを利用したんだ」
分かっていただろうに、容認していたあの男も。
頼ってきてくれるこの子すら、あたしはあたしのために利用した。

無言のまま何も返してこないアルファードに、ちらりとサイアリーズは視線をむけた。
「叔母上」
ぐいと肩を掴んで振り向かせられる。
じっと、無表情のままアルファードと視線が合った。

 

ごつん、と。
次の瞬間、目の前に星が散った。
 


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!??」
額を押さえてサイアリーズはのけぞる。
何が起こったか分からず見れば、同じように額を押さえているアルファードがいた。
どうやら頭突きをされた、らしいけれど。
「ア、ルフ、あんたね……」
「……叔母上の石頭」
「なんだっ・・・」
思わずあげた叫びは、アルファードの至極楽しそうな笑みで途切れた。
赤くなった額を押さえてくすくすとアルファードが笑っている。
「ねぇ叔母上、僕らってそんなに頼りなかったかな」
いつも一緒にいてくれるその温もりを、両親がいなくなってからずっと、それに支えられてきていた。
それは、彼女一人に重荷のすべてを背負わせるつもりだったわけではない。
「裏切ったとか、そんな事よりも、頼りにされてなかったんだなーって事の方がずっとショックだったんだ」
だからギゼルと組んで、もう少し頑張ってみようかなって。
その言葉に、ぽかんとサイアリーズは口を開けた。

この子は今何を言った?
ギゼルと組んで何をするって?

ああ、まだ言っていなかったと、アルファードは舌をぺろりと出して言った。
「ギゼルなら生きてるよ」
「……殺さなかったのかい」
「協力者を殺すわけないよ」
そう言って、 からりと笑うアルファードに。
「……だめだ、あんたが何言ってるかさっぱり分からないよ」
ギゼルは今回の戦乱の首謀者であったはずだ。
自分がバロウズ家を没落させ、戦乱に片がついてゴドウィン家が根絶やしになると思っていたのに。

アルファードの説明を聞くにつれ、サイアリーズは笑うしかなくなってきていた。
ギゼルとアルファードがどうこうというのにしても、自分の行動の道化っぷりにしても。
力なく笑うサイアリーズに、アルファードはごめんなさいと頭を下げた。
「本当なら最初から言うべきだったのかもしれない」
ギゼルと手を組むと決めた時に打ち明ければ、悩む事もつらいことをさせることもなかったのかもしれない。

「叔母上はこれからどうする?」
「どう、ねぇ……」
「叔母上がそうしたいなら、ゲオルグに連れて行ってもらうよう頼むけど」
サイアリーズの顔は国内では良く知られているから、王宮から出るなら国外にでるしかない。
ゲオルグと共に出て、群島あたりまで連れて行ってもらうのもいいかもしれない。
けれど、目の前で見上げてくる目がどうも見過ごせなくて、サイアリーズは笑っていった。
「しばらくはまだ、新米女王と女王騎士長代理の面倒でもみようかね」
それを聞いて嬉しそうに笑う甥を見て、サイアリーズは微笑んだ。

自分には過ぎたものかもしれないけれど、この笑顔を見られるのなら、やはり自分はなんだってしてしまうんだろう。











部屋に入ると、手をあげてアルファードがギゼルを出迎えた。
民にどう説明をしたのかさっぱり知らされていないが、どうやら自分は元々王子側の考えに従っていたということになっているらしい。
という事は今までのやり方をがらりと変えるということで、領地を治めるのは随分と大変になりそうだと思っている。
「どうしたの? 座れば?」
言われてギゼルはゆるゆると足を動かした。

アルファードの前には空席がひとつだけ。
座ると、目の前のグラスに赤い液体が注がれた。
アルファードも前にも、半分くらいに減った同じものが置かれている。
「お酒、飲まれたんですね」
「うん、嗜む程度には」
しつこく勧めてくる人がいたからつい、と柔らかく微笑んでアルファードはグラスを回す。
「女王騎士長の代行をされるのですって?」
「うん」

ザハークもアレニアはもういない。
カイルは女王騎士を辞した。
ガレオンは引退してロードレイクに戻る。
ゲオルグは国を出て行くという。
残っているのはミアキスとリオンだけで、今は取り立てて女王騎士にできる人物はいない。
新女王を支えて国を立て直すにはあまりにも人材不足だ。

「新しい女王騎士が育つまでは僕がリムを支えていこうかと」
この内乱を引き起こしたのは、マルスカールだけじゃない。
アルファードも、ギゼルも、その一端を担っている。
罪滅ぼしというわけではないけれど、あの子が一人で国をまとめ、そして新しい女王騎士長が生まれるその日まで、影となって支えるのが責任だとも思うし、何より自分がそうしたいと思ったから。
「……その後は」
「ん?」
「新しい女王騎士が立った後はどうなされるんですか?」
「どう、しようねぇ」
ああ、国を出るのもいい。
そういったアルファードに、ギゼルは思わず表情を固くした。
それに面白そうに笑ってアルファードは答える。
「単に世界を見たいだけだよ。今まで国から出るなんてことはできなかったからね。一人になったら……多くのものを見てみたい、そう思っただけさ」
というわけで、一刻も早くまずは国を安定させたいわけ。
「しっかり働いてもらうからね」
「……それはもう」
二人で笑って、グラスを傾けた。






***

「EL」と同じく書きたいところだけ書いたので、本編の流れを知らないとどれがどこだかさっぱりだと思われ。
ただひたすらにサイアさんとギゼルを生かすことのみを目標にしたので本編とは齟齬ありまくりです。
題名は「隠された真実」


ちなみにこれ、琉羽李の大学合格祝いでした。