<A verdade que e escondida 3>



そわそわ。
その擬音が似つかわしい様子で、リムスレーアは玉座に座っていた。

アルファード率いる軍が王都に侵入し、太陽宮に迫ってきているとの伝令は、リムスレーアの気分を高揚させていた。
待ち望んだ時がすぐ目の前に迫っている。
アルファードが、ミアキスが、 会いたかった者達がすぐそこにいる。

膝の上で手を擦ったり、視線を忙しなく動かしたりしているリムスレーアの耳に、小さな息を漏らす音が届く。
隣に立つ男が笑いを噛み殺したものだと気付き、リムスレーアは慌ててとりつくろうように視線を前の扉に集中させた。
それでも手は指を突き合わせたりと落ち着きがないのだが。

いつの間にか、二人きりとなっていた。
アレニアもザハークも、最後の砦として出て行ったのか。
普段はいる護衛も姿を見せない。
扉ひとつ隔てた向こうでは戦が起こっているというのに、不気味なまでにこの部屋だけは静まり返っていた。

姿を 見ていないといえば、マルスカールもそうだ。
太陽の紋章が発動して以来、度々顔を見せにきていたというのに、ぱたりと来なくなった。
嫌気の差す顔を見なくてすむのはせいせいするが、まだ何か企てているのかと不安にもなる。
ここまできて、まだ何かあるのだろうか。

「……ギゼル」
「なんでしょう?」
問い返す声はあまりにも普段と変わらない。
ここまでアルファード達がこないと思っているからか、それとも来ても返り討ちにする自信があるのか。
それとも表面上だけを取り繕っているだけなのか。
「もうすぐ兄上達がここに来る。お主もそれで終わりじゃ」
「そうですね」
リムスレーアの皮肉に、ギゼルはあっさりと同意した。
何かしら反論が返ってくると思っていたリムスレーアは、目を見開いて、固まる。

どうかなさいましたか、とまるでその答えが当然であるかのように返したギゼルは、にわかに騒がしくなった扉の向こうに視線を向けて、長い息を吐いた。
「……これでようやく」
ぽつりと零れた言葉は、リムスレーアの耳にも届く。

ギゼルはアルファード達がここにくることに何の恐れも抱いていない。
むしろ待ち焦がれているような節さえある。
これではまるで、このような終結を望んでいたよう。

「ギゼル、お主……何を考えておるのじゃ」
「この期に及んで裏工作など私にはありませんよ?」
微笑みと共に返された言葉にリムスレーアはますます困惑する。

聞こえていた微かに剣を打ち鳴らす音が止んで、いくつもの硬い足音が大きくなった。
はっと視線をそちらに向けて、リムスレーアはギゼルへの疑問を振り払い、息を呑む。
ようやく訪れた瞬間だ。
豪奢な扉が、音を立ててゆっくりと開かれる。
その向こうには、待ち望んだ姿があった。

母と同じ髪。
父と同じ優しく、強い瞳。
あの時、ほんの僅かしか見られなかった姿が、あの時と同じ姿で目の前にある。

「あに、うえ……ミアキスっ」
「姫様っ!!」
反射的に立ち上がったリムスレーアは、足を踏み出そうとして、背中に触れた感触に凍りついた。
引き戻される、ならば振り切ってやろうではないか。
その意気込みは背中を押される事で塵となり、結果リムスレーアは半ば転ぶように走り出た。

数歩先にはアルファードがいて、そのまま倒れこむようにその腕へと飛び込む。
「兄上! 兄上……あにうえ」
「リム、頑張ったね」
ぽんぽん、と抱きしめて、あやしてくれる手が嬉しい。
今まで泣くまいと張り詰めていた糸は、兄との再会であっけなく切れた。
アルファードの胸に顔を押し付けて、ぼろぼろとリムスレーアは涙を零す。
隣では、ミアキスも涙を流していた。
「ミアキス」
「……姫様」
「よう、来てくれた」
「……っ」
顔を歪ませて、何度も首を横に振る。
きっと彼女にも、自分と同じように……それ以上に辛い思いをさせただろう。
顔を覆ったミアキスに手を伸ばして触れると、抱きしめて泣きつかれた。

ふいに、アルファードの視線が逸れた事に気づいて顔をあげると、ギゼルもまた段を下りていた。
ゆっくりと数歩歩み寄り、互いの武器が届かないぎりぎりの距離で立ち止まる。

再会で僅かに緩んでいた空気が、一瞬にして再び張り詰めた。
ミアキスがリムスレーアを後ろに庇い、リオンも武器に手をかけ前に出る。
ぎゅっとミアキスの袖を握りながら、リムスレーアの頭の中の疑問はますます膨らむばかりだった。
敗北という終わりを望むかのような言質。
リムスレーアを人質に取れば多少は有利な展開に持ち込めたかもしれない、逃げられた可能性もあるだろうに、彼はリムスレーアをアルファードの元にやるかのような仕種をした。

「あにう――」
「お久し振りです、アルファード様」
「久し振りだね、ギゼル」
ギゼルの言葉に悠々とアルファードが答えた。
リオンの制止を腕一本で宥め、手を伸ばせば届きそうな位置にまで歩み出る。
けれど互いに笑みを浮かべたまま、武器に手をかけようともしない。
他の誰もが動けない中、リムスレーアはアルファードの口が動いているのを見た。
その声は届かないが、何を話しているのか。

そして、決着は一瞬だった。
アルファードの 拳が空気を切り裂き、ギゼルが鈍い音を立てて吹っ飛んだ。
その見事な一撃に見ていた全員が固まった。

いや、ここは一騎打ちの場面でしょう。
王子と、ギゼルが命を賭けて戦い、そして勝利を治めたほうがこの戦争に終止符を打つ。
……てなシリアスな場面であって、拳で互いを確かめ合う場面ではない。
……・いや、殴ったのも片方だけなんだけれども。

見ていた者達の心中などまるっと無視して、殴った本人は用事は済んだとばかりにいい笑顔で手をはたいている。
「まぁ、これくらいは覚悟の上だよね?」
「……痛いですよ」
「本気で殴ったんだから当然」
「手厳しいですね」

飄々と言ったアルファードに、起き上がって片膝を立てて座ったギゼルが苦笑を浮かべる。
口の端から血が流れているのを手の甲で拭い、立ち上がった。
「で、マルスカールは?」
「父なら太陽の紋章と共に失踪中です。ドルフに探らせていますが、帰ってこないところを見ると、見つけていないか向こうについたかですね」
「人望ないね」
「…………」
「あの、王子」
「あとでちゃんと説明するから、リオン、ルクレティア呼んできてくれる?」
「……わかり、ました」
リオンは一瞬ギゼルを見て躊躇う仕種を見せたが、アルファードの笑みに渋々頷き部屋を出て行った。

「あーあ、ちゃんとあの人見張っといてくれないからもう一仕事できちゃったじゃないか」
「戦いのどさくさに紛れて持ち出されたんですよ。あそこまで往生際が悪いとは……」
「予想してしかるべきだったんじゃない?」
「兄上」
「どうしたんだい、リム」
まるで何事もなかったかのように話し始めた二人に口出しできる唯一の人物、リムスレーアの声に、アルファードが満面の笑みで答える。
「なぜ、ギゼルを処断しないのじゃ?」
リムスレーアの問いは、ここに残った全員の思いを代弁していた。

最後の敵であるはずの彼と。
まるで友であるかのように、言葉を交わして。



「僕とギゼルは、共犯なんだよ」
全員の視線を受けて、アルファードは微笑した。
 

 

 

***
ゲーム中のイベントとかあれこれは個別の話で補完です。
このシーンが書きたかったんです……。

以下補足↓

捏造5は、アルフとギゼルが結託してマルスカールの反乱を止めようとした事が始まりです。
本当は太陽宮襲撃の時点で、ゴドウィンを返り討ちにして終わらせるつもりでした。
誤算だったのは、太陽の紋章の暴走による夫妻死亡とアルフの王宮からの離脱。
もう動いてしまったのは仕方ないので、ギゼルはゴドウィン側から、アルフは軍を打ち立てて、中と外から打ち崩すことにします。
なので二人は共犯、一蓮托生。
この計画を知ってるのはルクレティア、ドルフ、あとなしくずしに数名のみ。
あと最大の誤算としてサイアさんが黄昏の紋章を宿しちゃったりしてギゼルが胃痛に悩まされます。
そういう話を書けたらいいなあ。