<真価>
「太陽の紋章があることこそが、天がファレナと陛下を祝福していることの証なのだ!」
「……そう、だね」
微笑んでアレニアの言葉に同意して、アルファードはそれ以上何も言わなかった。
彼女が今叫んだ言葉が、民にも貴族にも浸透している信念。
先ほど、母が叫んだ言葉。
太陽の紋章があることこそが ファレナの正当性を示している。
(そんなわけ、ないだろ)
その言葉がどれほど虚言に満ちているかわかってしまったのは、どれだけ前のことだろうか。
紋章など、ただのモノでしかない。
絶大な力を持っている、それはロードレイクを見てよくわかった。
だが、それは所詮モノでしかない。
たとえばあの太陽の紋章を誰かが奪ったら、その奪った者が今度はぜったいの正義なのか。
太陽の紋章はハナからファレナ王家の持ち物ではなかったはずだ。
伝説では、遠い地からそれが持たされたというのだから。
――王子など飼い殺しておけばいい
貴族の言葉がよみがえる。
こんなことを考える王子など、たしかに飼い殺してしまえばいいのかもしれない。
貴族の語る言葉の多くに無駄を見出してしまう王子など。
いっそ、手の施しようもないほどに愚かであった方がよかったのかもしれない。
母の魂胆はアルファードにも理解しかねたが、いずれ貴族の婿となり当主を継いだときに、きちんとした見解を持っておくべきであるという、そういう考えではないかと思っている。
そして、貴族達はそれを危惧しているのかもしれない。
あるいは、何か重要な仕事を王子が任されるのを恐れている。
現女王のアルシュタート陛下はともかくとして、その跡継ぎのリムスレーアならば、ほぼ無条件でアルファードの意見に頷きそうだからだ。
貴族が絶対の権力をもてなくなる。
「どうしましたか、王子」
「いや――なんでもないよ」
それは嘘だったけれど。
「でも……さすがにお疲れだと思います」
「平気。リムに会わなくちゃ」
僕はいていい存在なのか。
王子として、半端な場所にいるぐらいなら。
「でも――」
「大丈夫だよ」
本当に、と言いかけたところでバンッと扉が開いた。
「兄上、兄上はおらぬか!!」
ぷりぷりと怒っていた顔を、一気に輝かせた妹に向かってアルファードは笑顔と手を差し伸べた。
強烈な印象を放ってくれたユーラムを忘れられないまま(ミアキスの科白「フェイタス河の水は冷たいですよぉ」は今年度の太陽宮ベスト科白にノミネートされた)、アルファードはリオン、サイアリーズ、ゲオルグと共にアルシュタートの命を受けた。
父親にも激励を受け、妹の名残惜しげな目に後ろ髪を引かれつつ、去ろうとしていたアルファードがはたと足を止めてリオンは首をかしげる。
「王子?」
「ザハーク、アレニア。行ってくるね」
「……お気をつけて。アーメスからの密偵が入り込んでいるという情報もございます。直接的な接触をしてくることはありませんでしょうが」
いつものようにしかめ面で答えたザハークに微笑んで、ありがとうと王子は返す。
アレニアは少し違うことを言った。
「世間では様々に言われていますが、ゴドウィン興もギゼル殿もなかなかの人物。一度、ゆっくりと話されてはいかがでしょうか」
「うん、わかった。ゴドウィン興はお忙しいかもしれないから、ギゼル殿と話してみるよ」
笑顔で言ったアルファードに、アレニアも少しだけ微笑んだ。
ザドムを撃退したゴドウィン家の御曹司。
会うのは初めてではなかったが、アルファードは彼を見上げた。
彼の言葉は「王子殿下! サイアリーズ様!」だったが、その前に「サ」とか音が聞こえたのはなんだったのか。
アレニアの言もあったし、ゴドウィンVS女王かつゴドウィンVSバロウズだからといって、ゴドウィンが王家の敵とは限っていない事は十分承知していたので、慎重に相手を見定めようとアルファードは検分した。
顔立ちの整ったいかにも貴族の子息である。
アルファードのおぼろげな記憶によると、亡くなった母親によく似ている。
その彼は船べりに手をかけてこちらを見下ろしていたが、無事を確認したのかきちんとした礼を取った姿勢へと戻った。
「これより先はこのギゼル=ゴドウィンが先導いたします。ご安心ください」
そう言ってこちらに手を差し伸べた。
「……いや、このままでいいよ」
何言ってんだと言外に言いつつサイアリーズが首を振ると、こちらのほうが甲板が高いのでザドムが襲ってこないと思いますが……と残念そうに呟く。
「う」
「叔母上、乗る?」
「い、いいってば。さっきみたいにゲオルグやリオンが守ってくれれば済むんだし」
とっとと先導しておくれよ、と溜息と共に言われた言葉に、ギゼルは無表情に頷く。
「できすぎだよ」
トカゲのせいかギゼルのせいか、苛立ちを隠せないサイアリーズが刺々しい口調で、仕組まれていると抗議する。
ゲオルグはそうだろうかと首を傾げ、リオンも迷っているようだ。
「アルファード、お前はどう思う?」
「偶然だろ」
たしかにここで迎えに来たのがゴドウィン卿だった場合、怪しいかもしれない。
だが、さっきのギゼルの態度はどーみても、おかしい。
大体リムスレーアの婿候補筆頭のくせに、その叔母に気を配ってどーすんだ?
王族に気を遣うというなら、アルファードに声をかけてしかるべきである。
「あんた……少しは人を疑うことを覚えた方がいいよ?」
呆れたように言われて、アルファードは苦笑した。
ゲオルグにそこまでするかと突っ込まれたサイアリーズは、背を向けて呟いた。
「そういうやつなんだよ……ギゼルってヤツは」
溜息をついたサイアリーズの横顔に、アルファードはある事に気がついた。
「やっぱり、あっちの船に乗ったほうが良かったね?」
「嫌だよ、あいつの顔見て道中過ごせってのかい!」
バッと振り返ったサイアリーズの言葉に、アルファードは肩を竦めたくなった。
***
王子が最初から本性を隠していない気がします。
あの後ぷっつり切れたのでギゼルはサイアに手を差し伸べてフられていると思った。
これで「序章」につながります。