<Ouverture>



扉を開ける前に、ドルフは小さく呼吸をおく。
案の定、押し開けた瞬間にそれは降ってきた。

「ふっ」
鋭く息を吐き出しつつ、ドルフは高く跳ぶ。
落ちてきたタライは彼の残像を砕いた。
……タライかい。

しかし呆れる暇も息をつく間もなく、次の手が繰り出された。
耳元を掠めてゆく火炎が、ドルフの髪をわずかに焼く。
上半身をかがめ余裕で交わしたが、その瞬間服のすそが何かに引っかかった。
ほんのわずかな感触だったが、ドルフの注意を引くのには十分。
案の定、ピィンと何かが切れた音と共に、上から何かが落ちてくる。
すっと足を半歩引くと、くさっくさっとそこに食用ナイフが落ちてきた。

――まだ本人の姿はない。
ドルフは用心深く左右を見回す。持ってきた書類を抜かりなく避難させるのも忘れない。
「いい加減にしたらどうだい」
姿なき暗殺者にそう言うと、ドルフは懐から取り出した何かを数本部屋のある位置へ向かって投げる。
きゃっと小さい声がして、影が転がり出た。
「な、何投げてるのよぉっ!」
「嫌いだったかい」
「好きな女の子なんかいないわよ〜ぅっ!」
床にへたり込んでドルフを睨み上げているミアキスの刀は、壁にゴキブリ二匹を縫いとめていた。
「これで二十連敗だね」
無表情でそう言ったドルフにミアキスは殺意をもろに剥き出しにする。
「こんどは勝ってやるんだから〜っ!!」
捨て台詞を残し、たたたたたたと部屋を走り去っていく。

ぱんぱんぱんとやる気のない拍手が背後で起こった。

「こ、こりゃあ、予想、以上、だねえ」
「サイアリーズ様、お笑いになりたければよろしいのですが」
後ろに立っていた人物の方を振り向かずに言うと、そうかい? と答えが返ってきて、彼女はいきなり爆笑し始める。
「あはははははははははははははっ! こりゃーケッサクだよ! あんたもそう思うだろ、ギゼル」
「……まあ、ミアキス殿がドルフをよく思っていないのは知っていましたけども」
ここまでとは、と苦笑する主にドルフは感情のない目を向ける。
「ギゼル様」
「ん、なんだね?」
「シナツ――オボロ殿に連絡を取ってみました」
「は?」

オボロ、とは昨年度の戦争の時にアルファードに力を貸していた人物の一人である。
表向きは探偵だが、幽世の門の情報部総長を務めていたという、凄腕の人物だ。
その彼に連絡?
「何のためにだ?」
「ミアキスという名前に心当たりはないかと……」
「はあ?」
ますます意味不明なことを口走ったドルフに、ギゼルは困惑の表情を見せる。
「どういうことだいそりゃ」
わけのわからないやつだねえとサイアリーズにも言われ、ドルフはわずかに視線をそらす。
「あんまりに腕が立つので、もしやと思いまして」
「……もしやミアキスが幽世の門の一味じゃなかったかってことかい!?」
そういってサイアリーズはまた爆笑する。
あまりに笑いすぎて、ひーひーいいながら隣のギゼルにしがみつく。
「あはははははは、もうだめだよあたしは! ははははは、ミアキスがねえ、あっはっはっは」
「そんなわけはないだろう、ミアキス殿は十七歳でゴルディアスからソルファレナへいらして、女王騎士になられて以降ずっとここだ」
「……ですが」

珍しく言いよどむ部下に、ギゼルはどうした、と声をかける。
「あの殺気といい剣才といい、気配の隠し方といい、僕より数段暗殺者としては優れているのですが」
「…………」
身に覚えがあるのか、ギゼルは遠い目をして何も言わない。
サイアリーズはまったく分からなかったらしく、どうしたんだいと不思議そうな顔でギゼルのわき腹をつついた。
「で、どうすんだい?」
「何をですか」
「何をって、このままじゃマズいだろ?」
「……あ」

そうでした。

「とりあえず殿下にご相談をしてみるか」
「…………」
「まあ、ドルフを極力城にこさせないという手もあるが」
「…………」
「どう思う、ドルフ?」
「……ギゼル様の仰せのままに」

ふむ、と困った顔でギゼルはサイアリーズへ視線を向けた。
「サイアリーズ様はどうした方がいいと思われますか?」
「どうしたって、ドルフ、ひとつ聞きたいんだけどさ」
「はい」
「いくらミアキスが強かろうが、あんたの実力だったら攻撃される前に取り押さえるとかできないのかい?」
「…………」

帰ってきたのは無言。
ええと、これは肯定ですか否定ですか?

「できないのかい?」
「…………」
「も、もしかしてアンタ」
口元を引きつらせて、サイアリーズは言った。
「ミアキスとの掛け合いを楽しんでるんじゃないだろうね?」
「…………」

無言。
……これは、肯定のようだ。

頭を抱えたサイアリーズの隣で、ギゼルは微笑んだ。
「それなら、特に手を打つ必要はないか」
「なんでそうなるんだよ」
「ドルフが何かについて意思を示すのは珍しいので。主としては汲み取ってやりたいと」
「……あ、そ」
まああたしはどっちでもいいけどさ、と肩を竦めてサイアリーズは髪を揺らす。
「ほどほどにしといてくれよ、城を壊したらリムが怒るからね」
「はい」
頷いたドルフはギゼルに書類を渡すと、部屋から出て行った。


 




***
ドルミアが着々と進んでいない気もしますが前には行っているかな。
次はミアキスサイドの心の変化を。
書きたいと。
思わない!(怖い!!