<A verdade que e escondida 2>
新月の夜の薄雲はわずかな星の光さえも遮り、空を闇に沈めている。
それでも闇に慣れた目は、室内の物のありかくらいはなんとなく判別できた。
窓を開け、縁に腰をかけてアルファードは薄灰色の夜空を見上げていた。
もしここに護衛役の彼女がいれば、風邪をひくと窘めるところだろうが、今彼女はここにいない。
医務室でいまだ目を覚まさない彼女を助ける手立ては黎明の紋章しかなく、そのためには黎明の森に行くしかないと教えられた。
明日、名目は違うけれども、黎明の森へと赴くために出かける。
予定的に、訪れるなら今夜しかない。
酒場の喧騒すら小さくなり、城の明かりがひとつひとつと消えていく。
生温かい夜気に身を浸らせて、アルファードは待っていた。
そして、僅かな気配が室内に生まれる。
部屋の中央に立つ気配に、アルファードは口元に薄く笑みを浮かべた。
「思ったより、遅かったね?」
「……伝言を」
アルファードの皮肉めいた言葉に応える事なく、感情を見せない声が告げる。
扉の向こうの護衛には、声も気配も感じさせない。
ただアルファードにだけはその存在を認識させる。
「サイアリーズ様は太陽宮へと入られました」
「そう」
アルファードは、僅かに目を細めて溜息を吐いた。
あの時、もしサイアリーズが裏切らなければそれでよかったし、そうであればいいのにと思っていた。
ドルフの、ひいては彼の後ろにいる存在からの言葉に彼女が揺らいでいたのは知っていたが、最後で踏みとどまってくれるかと、ほんの少し期待した。
けれどサイアリーズは、茨の道を選んだ。
国の未来のため、守りたいもののため――自分のために。
例えアルファードが何を言っても、彼女の信念は変えられなかったろう。
何も言わずに向こうへ言ったのはサイアリーズの優しさ。
けれど、いつまでも庇護されなければならないほど、アルファードは弱くもなく純粋でもない。
サイアリーズの決めた道を捻じ曲げるつもりはない。
けれど、みすみす死なせるつもりも、ない。
「現時点で計画に変更はないよ。そっちは?」
「サイアリーズ様はいかがいたしますか」
「そっちに任せるよ。しばらく僕は出かけてるから、その間よろしく」
「……承知しました」
遠ざかる気配に、アルファードは笑みを浮かべたまま呟いた。
「リオンを刺したのは――ギゼルの命令? それとも君の意思かな、ドルフ」
返答は、なかった。
けれど消えかけた気配が一瞬ざわりとさざめいたのを察して、アルファードは息を漏らして教えてやった。
「急所は外れてたよ。命に別状はないから」
言い終わる時には、気配は完全になくなっていた。
「――やれやれ」
苦笑して、アルファードは腰をあげる。
窓を閉めて部屋の外に出ると、扉の前に控えていたミアキスが驚いたようにアルファードを見た。
「王子? どうかなさったんですかぁ?」
まだお休みになっていなかったんですか、と小言を言われて苦笑する。
「少しルクレティアに聞きたい事があって」
「明日から野宿なんですから、早く寝ないと駄目ですよぉ」
「うん、すぐに戻るから。ミアキスももう休みなよ」
「王子が戻ってくるまでお待ちしてますよ?」
「明日ミアキスも早いんだから。僕もすぐに戻るからさ、ね?」
絶対ですからねぇと念を押すミアキスに頷いて、アルファードはルクレティアの部屋に向かった。
ルクレティアの部屋の前に立っていたレレイが、アルファードの姿を見つけると礼をとる。
「王子、どうなさったんですか」
「……ルクレティアに話があるんだけどいいかな」
その言葉にレレイは頷いてドアを開ける。
机に向かっていたルクレティアは、突然の来訪客に驚くこともなくどうぞと扇で手招いた。
促されるまま室内に入り、扉を閉めてアルファードは肩を竦めた。
すでに夜も更けたというのに、自分といいルクレティアといい、ありがたい事なのだろうがこそばゆい気持ちになる。
「どうかしましたか?」
「んー、遅くまでご苦労様って感じで」
「ああ、レレイさんですか」
「ミアキスもね」
これじゃあおちおち夜這いも密会もできないね、と軽口を叩くアルファードに、そうですねぇとルクレティアも笑う。
ひとしきり笑ったあと、アルファードはドアの向こうの気配を確認してから、口を開いた。
「さっきドルフがきたよ」
「あら、思ったより遅かったですね」
「向こうも忙しい、って事じゃないかな」
「ソルファレナからここまでは随分遠いですものね」
どこか的外れな事を言いつつ、ルクレティア扇を広げて口元を隠して笑う。
王国軍の率いる暗殺集団の一人の名を口にしたにも関らず、焦りもなにもない。
ドルフがアルファードを殺しにきたのではないと知っているし、何よりすでに、幾度となく彼はこの城へとやってきているからだ。
・・・・・・ギゼルからの遣いとして。
「やっぱり太陽宮に行ったみたいだ」
下手に走らなければいいけど、と息を突くアルファードに、ルクレティアは目を細めて、問うた。
「王子はギゼル殿を信用しているのですか?」
「この点においてだけは大丈夫だと思ってるよ」
信用も信頼もしてはいないが、この件においてギゼルとアルファードの理は一致している。
ここにきて互いを謀る必要はないし、ここで裏切ったとしてもメリットはない。
アルファードは国の平穏のため。
ギゼルは何よりも愛するもののため。
そのための盟約だ。
何にせよ、とアルファードは椅子を引いて座った。
「負けてしまえば僕らはただの悪役になっちゃうわけだし、うまくやらないと向こうとしても立つ瀬がなくなる」
「そうですね」
難しい茶番ですね、と微笑むルクレティアに、アルファードも笑みを深める。
これは茶番だ。
少しでも違えれば全てが崩れ去る綱上での茶番劇。
「計画の大筋に変更はないけれど、少し考え直さないといけないところがありそうかな」
「そうですね、サイアリーズ様が動かれる前に手を打ちたいところです」
「僕が留守の間に頼める?」
「お任せください」
ふふふ、と笑みを零すルクレティアに、アルファードは頼もしいよと極上の笑みを返した。
***
さくさくっと陰謀露見。
こんな感じで続けます。
あくまでも王子は灰色ですと言い切ります。