<Vorspiel>



足早に歩いていたドルフの顔を何かがかすめる。
とっさに身を引いたので頬をかするだけにとどまったが、次の瞬間とんでもない殺意が廊下の隅から湧き上がった。

「あらぁ、だいじょうぶですかあ? 手が滑っちゃってえ」
にっこり笑いつつ、左手に盆を持ち右手でフォークをくるくる回しているミアキスが影から現れた。
……気配を、感じなかった。

「残念ですぅ。もう少しでさっくり眉間に刺さったのにい」
そう言われてドルフがちらりと横に目をやると、そこには柄の付け根までぐっさりと壁に突き刺さっているナイフの姿があった。
……食事用ナイフがどうすると壁にここまで刺さるのだろうか?
とりあえず滑って刺さるような状態ではないのだが、それはおいておく。
現実の法則を色々無視してそこに存在している凶器からミアキスに視線を移し、ドルフは答えた。

「何か、ミアキス殿」
「あらあ、ミアキスでいいのよぅ。前みたいに」
「いえ、女王騎士殿なので」

無表情で答えるドルフに、ミアキスのフォークを回す速度が速まる。
「それでえ、これからどこに?」
「女王騎士長殿に書類を」
「ふうん、それならぁ私が持っていこうか?」
「結構だよ。僕の仕事だから」
「持っていくって言ってるんだから渡して」
「なぜ」
短く問うドルフに、ミアキスはお盆を軽く持ち上げる。
「陛下と殿下におやつを持っていくの。あなたが来ると陛下のご機嫌が悪くなるから」

くるくるくると彼女の手の中でフォークが回る。
断れば今度はあれが飛んでくるのだろう。
避けるのは容易であるし、刺さってもたいしたことはない、と、思われるが。
「渡して」
強い視線を向けられて、ドルフは小脇に抱えた書類をつかむ。
一歩、ミアキスが威圧するように音を鳴らして足を踏み出した。


ふっと。

「あ、あ、あ〜っ、逃げられたぁ」
姿の消えたドルフのいた場所の壁を、ミアキスは怒りに任せて思いきり蹴った。










ノックの音ともに、失礼しますと入ってきたドルフをアルファードは振り向いて迎える。
「ご苦労様」
「こちらとこちらです。ここに印をお願いします」
手早く説明をするドルフを、アルファードの正面に座っていたリムスレーアが睨みつける。
だが初期のように出て行けと叫ぶ事はなくなった。
「ええと、はいはいっと。ご苦労様。お茶でも飲んでく?」
「いえ、仕事がありますので」
礼儀正しく一礼をして断ったドルフにアルファードが何か言おうとした瞬間、部屋の扉が音もなく開く。

「あらあ、いいじゃないですかあ。ちゃんと一服もって差し上げますよぉ。冥夢の秘薬じゃないですけどねぇ」

そういいながらミアキスの刀がドルフの胴体を真後ろから切り裂いた――
……ように、見えた。


「では、失礼します」
ミアキスの後ろにいつの間にか移動していたドルフは、そう言って扉を閉める。
刀を手にしたままぽかんと口を開けて、ミアキスは次いでぎりと歯を噛んだ。
「くーやーしーいー!! また避けられましたあ」
「……え、「また」?」
さしものアルファードも引き攣った表情で問うと、ミアキスはぷうと頬を膨らませる。
「これで十連敗ですう。陛下ぁ、慰めてくださぁい〜」
「お、おぬしはすでにこれを十回もやっておるのか?」
「顔合わす度に仕かけるんですけどぉ、かすり傷も滅多につかないんですよねえ。いっそ一服本当に盛っちゃいけませんか殿下」

笑顔のままなのだが明らかに本気のミアキスに、アルファードは首を横に振る。
「やめとこうよ……頼むからさ」
「ええ〜、陛下はどうですぅ? ドルフなんか嫌いですよねえ、さくっと殺ちゃってもよくないですかあ?」
「……兄上ぇ」
「ダメ、ていうか僕が困るからやめて」
ね、とアルファードの苦笑交じりの言葉に、ミアキスはしぶしぶ頷いた。

「じゃあ殿下に免じて、奇襲だけにとどめますぅ」
「……全般的に止める気はないんだ」


 

 

 


***
ドルフとミアキス。
ED直後はこんな感じ。