<警告>
決戦前夜。
緊迫した空気が漂う船内を、テッドは足音荒く歩いていた。
こんな夜にアルドは訪ねてくるしクロスには呼び出されるしまったくもっていいことナシだ。
さしものクロスでもこんな日にアホな用事で呼び出したりはしないだろうが、これでくだらない理由だったら怒ってやる。
そう思いながら部屋の前に着いて、はたと彼はいままで人を部屋に呼びつけやしなかった事に気がついた。
いつも自分から部屋に来ていた。
その後で彼の部屋に引っ張っていかれた事はあったが、直接テッドに来るように言った事はなかった。
何か重要な話だろうか。
テッドに聞く、重要な話。
――たとえば、紋章の。
「きたぞ」
ノックをすると、入ってと声をかけられる。
扉には鍵がかかっていなかったので、あっさりと中に入れた。
そこには椅子に座っているクロスの姿があって、彼の前の机に広げられた紙は真っ白だ。
「何をしてたんだ」
「明日の部隊編成だよ」
その割には真っ白じゃねぇかと突っ込むと、まあ座ってよと椅子を勧めて本人はベッドの上に腰掛けた。
「単刀直入に聞くよ」
「いつもそうだろうがお前は」
いつものノリで突っ込んでから、クロスの表情を見て自分がそぐわない発現をした事に気がついた。
通常ならクロスはそこで更に笑ってなにかを返す。
だけど今日の彼は違った。
「テッド、君が死んだら君の紋章はどうなるの?」
「……単刀直入だなおい」
声を低くし眉をひそめてその話題が不愉快であると告げる。
明日が決戦前夜なのに死ぬ事を話題にするな。
「大事なことなんだ。僕のみたいに他人に移るのか、それともどこかへ消えるのか。真の紋章を持っていたって不死ってわけじゃないんだし」
それでも不愉快そうな顔で答えないテッドに、クロスははあと溜息をついた。
理由を説明しないとこの頭でっかちな人は動いてくれないようだ。
「明日、精鋭二部隊を選抜して編成する。敵の深部へ入り込む危険な二部隊。一つは僕、一つはエレノアさんが指揮する」
無言で先を促されて、クロスはぶらりと素足を蹴り上げた。
「実力でいけばテッドは最有力候補だよ。だけど君が死んだらその紋章はどうなるの? だからその特性次第では連れて行かない」
なるほどな、と返したテッドはうっすらと笑みすら浮かべていた。
それがどんな意味を内包しているかわからなくて、クロスは初めて、本気で、彼を怖いと思った。
百年以上生きている真の紋章の持ち主。
その割に苦労性で突っ込みで引きこもりだけど不器用というわけではなくて、どことなく兄貴分で戦闘では強くて、だけどシグルドやフレアやエレノアさんには妙に弱くて。
だけど彼は もしかしたら ほんとうは……――
「俺は死なない」
口元だけ笑ったまま、テッドは答えた。
「俺が瀕死になれば俺の紋章は周囲の魂を喰らう」
「……制御は」
せめてもの抵抗で言った言葉に、テッドはすうと目を細めた。
「制御しているさ。いままで灰と消えた人間がいたか?」
「……そう、じゃあテッドが瀕死になったら、テッドは周りの人を喰っちゃうわけだね」
ああ、と頷いたテッドをじっと見ていたクロスは、ならこれは最後の手段だったんだけど、と呟きつつすらすらと第一部隊の名前を連ねた。
クロス自らが率いて敵の最深部に乗り込む、最も危険な部隊。
失敗は許されない、誰かが欠けても完遂しなくてはいけない最重要な任務。
「テッド、明日は頑張ろうね」
「……っておい!? お前は俺の話を聞いてたのか!?」
最後に書かれた名前を見てテッドが裏返った声をあげる。
そこにあるのは、どこからどう読んでも、「テッド」であった。
「俺はいま、こいつの――」
「うん。僕、シグルド、フレアにテッド。瀕死になったテッド君は誰の魂を喰らうのか楽しみだよね」
「……」
テッドは黙った。
えげつない。
こいつはほんとうに、えげつない。
女みたいな顔してるくせに、ほんとうにどこまでも容赦という二文字を忘れている。
「どちらも僕の大事な人だし、フレアはオベル王女であらせられるわけだし。よもやこの僕の魂が喰えるとは思わないし」
ああ、なんなら僕を喰って罰の紋章もゲットしてみる? とからりと笑われてテッドは敗北を認めて項垂れた。
……この組み合わせで。
どうやって。
誰の魂を喰らえというのだ。
ムリだ。
絶対ムリだ、ていうか嫌だ。
消化不良起こすに決まってる!
「さて、じゃあ最後まで死なずに頑張ってね、テッド君☆」
お前俺がどう回答しようとその組み合わせで俺に脅しをかけるつもりだっただろう?
その言葉をテッドは何とか飲み込んだ。
絶対肯定される突っ込みをしてさらに疲れるのは嫌だ。
***
アレ シリアスでしたよね??(゜▽゜)