<カラス>





荷物を持ってクロスが丘を駆け上がる。
「シグルドっ、はやくっ」
「はいはい、そんなに急がなくても家は逃げませんよ」


小さい家を、見つけました。
蒼い海も好きだけど、貴方と出会った場所だから。
だけど俺は、緑の草原も好きなんです。
――クロス、一緒に住みましょう。


「もーっ、おいてくよー」
「それは困りますね、第一家の場所わかっているんですか?」
「……う」
いいもん絶対勘でわかるよと言いながらクロスは足元を踏みしめる。
ここしばらく長い間船に揺られていたから、しっかりとした感触が逆に違和感を生む。
丘を登りきれば、シグルドの手配してくれた家が見えるはず。

後一歩、と足を踏み出した。


――強い眼差し。
威圧する存在感。
一羽の、鳥が。
クロスの正面に立っていた。


「……クロス?」
丘の頂上で立ち止まっている相手を不思議に思い、後から追いついたシグルドは何が彼の足を止めているかを知る。
「…………」

じっと鳥を見つめるクロスの瞳が、わずかに揺れていた。


黒い鳥
くちばしから尾まで、ただ黒一色
睥睨する目までつややかではあるが同じ色

その鳥は


「カァ」


威嚇するようではなかったが、クロスをびくっとさせるのに十分な大声で鳴いてその鳥はばさばさっと翼を広げ飛び立っていく。
ふっと何かが抜けたような表情で、鳥のいた場所をぼんやり見ていたクロスの肩にシグルドは手をかける。
「あ、な、なに?」
「いえ、魅入られていたようですから」
「うん……うん、そうだね。なんかあの鳥、似てたよ」
「何にです?」
うん、と頷いてクロスはようやく顔を上げる。
「シグルドに似てたよ、あんな鳥初めてみた」

なんていうのかな、この辺にはたくさんいるの?
そう聞かれて、シグルドは口元に手をやって小さく笑う。
――なるほど、群島には確かに海鳥が大半を占めていて、今のような鳥はまずいないだろう。
小さなものならともかく、大きい鳥は領域を持つ。
海鳥が多くいる中に彼らが割り込む事はないだろうから、ずっと群島暮らしのクロスが知らないのも無理はない。

「え、何? 僕何かおかしい事言った?」
「いえ、あの鳥はカラスと言います。不幸や不吉さの象徴ともされますね」
「えっ、僕そんな意味じゃないよ!」
違うからねっ、そんな意味じゃないんだよっ、知らなかったんだって!
必死に弁解するクロスにくすくすと笑って、シグルドはわかっていますとと微笑んだ。
「俺もあの鳥は嫌いじゃありません。でもどうして俺に似てると?」
「……だって、黒くて綺麗だったから。意志が強くて、でも威嚇はしてない。あの目とかも、似てたから」
吸い込まれそうな、黒い目。
いつも真っ直ぐ見てくれる、あの目。
「それは光栄ですね」
「なんで、あの鳥を不吉なんていうのかな」

綺麗なのに。
不思議そうに呟いたクロスに、シグルドはなぜでしょうねと調子を合わせる。
「もしかしたら……かもしれません」
「え、何?」
「……一つくらい、いないと困るでしょう?」
「なにが?」

無言でシグルドはカラスの飛んで行った方角を見やる。

「一つくらい、忌むものもいないと、困るでしょう?」
「でも、カラスはそんな事気にしてないでしょ?」
ねえ、と言ってクロスはシグルドを見上げた。
「だって、仲間がいるし、ほら」

頭上を指差したクロスの視線の先には。
黒い鳥が二羽。
ぐるぐると旋回しながら、カァカァと鳴いていた。


 

 

 

 



***
歩きながらカラスをみて思いついた。
そういえばシグルドってカラスっぽいなと。
でもよく考えると4主もまっくろさんだったというオチ。