<懺悔室>



懺悔室の幕に映ったシルエットで、誰なのかはすぐに分かった。
「……なんで」
一応この部屋の主は自分の命を狙っている相手なわけで。
そんなところに一人で入った日には暗殺されたところで文句など言えないだろうに。
キーンはこの船に乗っている間は彼に手を出さないと約束させたし、彼自身まだ死ぬつもりはないと言っていたが、律儀に来るのもどうなんだ。

キーンに視線を向ければ、老人はさして気にした風もなく、懺悔室お決まりの文句を告げていた。



「この船の中で、問題があると思うやつをそっと教えてくれるか?」
【問題……ですか? そうですね……問題といえば、やっぱりダリオ……】
ああ、まぁ海賊組ではそうかもしれない。
問題児だらけなので、全体から見ればダリオもまだまだ可愛いものだと思えるけど。
聞こえないよう声を殺してクロスは笑っていたが、次の質問で目を鋭く細めた。

「では、クロスについておぬしはどう思っておるか教えてもらえるか?」
【クロスさまですか? そうですね……どうも、海賊というものにいい印象を持っていらっしゃらないみたいですね……。 ちょっと、そのあたりが、俺としては、息苦しくもありますね】

「…………」
へぇ、そう、ふーん。
あれだけ毎日一緒にいてそれを言うんだ。
頭の奥にふつふつと湧き上がるものがある。
それを抑えながら最後の質問を促した。

「最後に、皆にあやまりたいこと、感謝することなどをここでそっと告白するがよい」
【俺は……昔、ミドルポートの艦隊に所属してました。 艦隊といっても、やってることは海賊と変わりゃしません。城主がそれを命じているというだけです……。事故があって、俺はそこを去りました。 そのとき、キカ様に命を助けられたんです。しかし、俺が生きていると知れば、艦隊の秘密がもれることをおそれて追っ手が来るかもしれません……。そのことについては、皆に迷惑をかけてしまっていると思います……」

かちん、どころではなかったと思う。
黒い笑みを浮かべつつ、キーンの回答に、クロスは右の親指を立てて、盛大に下に向けた。

がらんがしゃんという金属音と叫び声を聞かぬ間に、クロスは部屋を出た。





「楽しかったですか、シグルド」
「……クロス様?」
懺悔室を出てすぐ、壁に、凭れかかっているクロスを見つけてシグルドは驚いたようだったが、不機嫌MAXの様相をしているクロスに眉を寄せた。
ぐい、と袖をつかまれ、引っ張られるように懺悔室の前からどかされる。
声をかけようにも後姿から怒気をあからさまにしているクロスに何を言えばいいのか分からず。
結局クロスの自室に辿り着くまで二人とも無言のままだった。




部屋にシグルドを押し込んでドアを閉め、クロスはベッドに腰かけた。
不機嫌顔も怒気もそのままで、シグルドは困惑する。
……これほどまでに怒っている彼も珍しい。
それでも何か言わねばと口を開き。

「あの、クロスさ」
「本当は水で頭を冷やしてもらうつもりだったんだけど、ランダムだから選べないんだよね」
残念でした、と酷薄な笑みを浮かべるクロスに、シグルドはあの幕の向こう側にいたのがクロスだと気付く。
そして、あの判断を下したのも、また。

「盗み聞きの形と取ったのは失礼だと分かってるけど、あまりに頭にくる発言だったから」
「……そう、ですね」
「僕のどこが海賊を避けているように見えるのかぜひとも教えてもらいたいんだけど」
「……え」

ハーヴェイとじゃれあってキカと共に戦って、ダリオやナレオと挨拶をしてシグルドとこれだけの間一緒にいて。
どうしてまだ、そんな事を思える?
きっとシグルドを睨みあげて、クロスは淡々と続ける。
「海賊そのものにはいい印象は持ってないのは確かだよ。数多い海賊のほとんどは略奪行為を行ってるし、僕らは海賊は悪と教わってきたし、そう思っているから。けどこの船に乗っている人達は違うと思ってる。キカさんやハーヴェイ達は、大半の海賊とは違う」
海賊としてではなく、個人として、集団として、彼らを認め信頼している。
……海賊そのものは、いい印象を持てないとしても。
「シグルドの言う海賊が海賊全般に対するものだったら改善は不可能。この船に乗っている海賊のみを指していたのなら……心外だ」

真直ぐに見つめ、そう言ってくるクロスに、シグルドはしばし言葉に詰まり、ようやく一言を搾り出した。
「……申し訳、ありませんでした」
「本当にそう思ってる?」
「はい」
「じゃあ今晩はシグルドの奢りで皆と飲むということで」
「はい……ってええっ!?」
「早速ハーヴェイやダリオに知らせてこないと」
夕方にはナ・ナルに着くと言っていたし、酒場に行くのもいいよね〜、と笑って立ち上がったクロスを引き止める。
「ちょっと待ってくださいっ、あいつら奢りなんて知ったら際限なく飲むじゃないですか!」
「いい印象を持っていないと思われてるのは嫌だし、ここはひとつ親交を深めるってことで」
「それは……」
それは俺の個人的意見だったわけで。
などと言うとクロスの機嫌を急降下させそうだったので、かろうじてシグルドは言葉を飲み込んだ。

「……ところで、怒っていらしたのはその件だけ、でしょうか」
「他に何が?」
「その……俺の、ミドルポートでの……」
「ああそれ。今更じゃない?」
もうキーンが来てるじゃない、とさらりと言われて硬直する。
確かにそれはそうだった。

「それに過去に何かある人も迷惑かけまくってる人もこの船には山のようにいるんだから」
気にしてたら駄目だよ、と微笑んでシグルドの肩を引く。
腰をかがめると、わしわしと頭を撫でられた。
……ええと。
「その件は僕もこの船の誰も気にしてないから気に病まない。過去の事に関しては自分が許さない限り誰が許してもきっとシグルドは聞かないだろう?」
ただ、僕は許してあげる。

さて行こうか、と踵を返したクロスに微笑んで。
少し、目頭が熱くなった。


 

 


***
懺悔室ネタ。
こういう考えの場合って盛大に落とせると思った。
あれだけ連れまわされておいて失礼だよねこの人(笑
ミドルポートなんざ知らん。