がらがらと馬車が立てる音を聞きながら、シーナは目を閉じていた。
眠っているわけではないけれど、疲れてはいる。

あちこちを自由に物見遊山できていたのも成人するまでで、最近はちょくちょく親の代理として使い走りをさせられる事が多くなってきた。
嫌気がさして逃亡しても最終的になぜかここに戻ってきている。なぜだ。
あれこれ詰め込んだ知識はそれなりに役に立っているけれど、理解しているしていない以前に、面倒な事には変わりはないのだ。

今日も退屈だと欠伸を噛み殺したところで、なんだありゃあ、と御者の呟きを拾って目を開く。
シーナは小窓を開けば御者は前方をいぶかしげに見ている。
「どうした?」
「坊ちゃん、あれなんでしょうね」
昔からレパントに使えている御者は、二十を越えた今でもシーナを「坊ちゃん」と呼ぶ。
そんな年齢じゃないからやめてくれと何度言っても聞いてくれないので諦めた。
シグールのところのグレミオも似たようなものだから、小さな頃を知っている人の頭の中では、いつになっても子供は子供のままらしい。

御者台と中を繋ぐ小窓からはよく見えなかったので、シーナは顔を一度引っ込めて、横の窓から外を覗いた。
道を少し外れたあたりに、砂埃が発生している。
このあたりは砂漠じゃないし、竜巻が起こっているようにも見えない。
……と思ったら、いきなり風が巻き上がったのが見えた。
けれどそれは数秒の事。
「あ、雷だ」
断続的起こる竜巻に、雷。
明らかに自然現象ではない。
しかしこんなところで紋章を使っているということは、モンスターと対峙でもしているのか。

「おい、馬車止めろ」
「は、はい」
馬車を止めさせて、剣を片手に馬車を降りる。
このまま馬車を走らせてモンスターと出くわすと馬が動揺しかねないので、ここで待つように言い置いてシーナは砂埃の立つ方へと駆け出した。

手に負えないようだったら手伝ってやろうとか、それくらいの軽い気持ちだった。
一応二度程戦争を経験していて、嫌でも腕は上がっている。
当時付き合っていた奴等のおかげで、一人であってもそこらのモンスターなら軽くいなせるくらいの実力はあると自負してもいる。
さて、一体どんなモンスターかなと砂埃の元を視認できる程度に近づいたところで、シーナはひくりと顔を引き攣らせた。
その横を、モンスターが脇目も振らずに走っていく。

巻き上がる砂埃は、竜巻と、モンスターの群れが走る事で発生していた。
モンスターは何から必死に逃げているのか。
竜巻と雷だ。
そしてそれを発生させている、二人からだ。
「あ、シーナだ」
「なにやってるんだいこんなところで」
「……よし、帰ろう」
記憶の中とちっとも姿を変えていない友人二人が、モンスターの群れを羊よろしく追い立てていた。





最近このあたりで追いはぎが多発しているようで、領主が彼らに賞金をかけていた。
一方でモンスターの大量発生に農家の人たちが困り果てていて、退治の依頼を出していた。
「というわけで一石二鳥かなと」
「二人でくるなよ!?」
「取り分が減るじゃないか」
「…………」
おまえらそんなに金に困ってたっけ、とシーナは口を噤んだ。

ルックはなんとなく分かるが、シグールはそんな躍起にならなくとも実家にあるだろう。
最近レパントからの要請が増えているからあまり帰っていないという話は聞いていたものの、まさかこんなところでモンスター&追い剥ぎ退治をしているなんて思わない。
ちなみにグレッグミンスターまで、あと二時間くらい馬車を走らせれば着く位置だ。

モンスターを追い剥ぎの根城に追い込んで混乱させたところを一気に叩くという、シンプルかつ容赦のない作戦を実行している二人になしくずしに手伝わされながら、シーナは溜息を吐いた。
馬車はもう先に帰らせた。巻き込まれたらかわいそうだ。
巻き込まれた俺がかわいそうだ。

「なんだよノリが悪いなぁ」
「取り分は分けてやるって言っただろ。一割」
「ここは普通に三等分じゃねーのな……」
「シーナは途中参加だからね」
「本当は僕が全額もらいたいよ」
扶養家族が二人もいるんじゃやってらんないよと舌打ちするルックに、ああ、とシーナは苦笑する。

数ヶ月前にやって来た彼は、なぜかルックを気に入って、彼のところに居候しているらしい。
何度か顔を合わせたが、クラウスのように笑みを絶やさない青年だった。
が、笑顔の裏に何かあるのだろうなぁともなんとなく察せた。
見た目とは裏腹に百五十年ほど生きていると聞いたから、真の紋章は本当に規格外れなのだと見せ付けられる。

ルックの上げる風の音で消えるよう、小さくシグールに耳打ちした。
「クロスだっけ? その人」
「そう。今ルックにアプローチ中。何ヶ月で落ちるか皆で賭けてるとこ」
「へぇ」
にやりと笑って、シーナは指を二本立ててみせる。
「じゃあ俺は二年で」
「その理由は?」
「クロスの第一印象と、ルックの意地を見込んで」
「いい読みだ」
僕もそれくらいだよとシグールはにやりと笑う。
「人を賭けの対象にするなっ!!」
「あ、聞こえてた?」
「いーじゃねえか、美男美女」
「誰が美女だ!」
モンスターに向けて放たれるはずだった紋章を向けられて、シーナは笑いながら札で守りの天蓋を発動させる。
ちゃっかりその恩恵に預かるシグールとの二人に舌打ちをして、再び詠唱を始めたルックにはさすがに慌てた。
「ちょい待て詠唱付きはないって!」
「ていうかモンスターあっちだから! ね!」
「まとめて全部吹っ飛ばす」
「ちょっとシーナ! 札!!」
「そんな何枚も持ってねーって!!」


「――切り裂きっ!!」


巻き上がった風の乗る影に、モンスターと追い剥ぎと。二名ほど余分に加わった。





<メリーさんよろしく(2〜3軸)>





***
牧羊犬には少々獰猛。