伝令を聞いた時は一瞬耳を疑った。
戦場の喧騒の中、煤けた空気が周りには漂っている。
向かってくる敵を一薙ぎで切り伏せて、シグールは伝令に叫び返した。
「魔法隊がなんだって」
「敵の部隊の特攻を受けております!」
「……ちっ」
第三部隊を援軍に向かわせるよう指示を出して、シグールは舌打ちした。
「どうした、シグール」
「魔法隊が攻撃を受けた」
「マジかよ。……そんなにやべーの? 俺ら」
魔法隊は後衛で、今回も陣の一番後ろに配置してあった。
そこまで敵が回るという事は、自分達が不利な状況だという事かとシーナは顔を顰める。
それに首を振って、シグールはまた一人切って、蹴り倒す。
「いや、向こうの自棄での特攻」
「うっわー……」
さすがにそれは予想外だわ、とシーナは飛んでくる弓を叩き落として呟いた。
伝令が再びシグールの姿を認めて駆け寄ってくる。
マッシュから託されたものは、こちらの優勢である事と、襲撃を受けた魔法隊を撤退させたために後衛からの援護を受ける事ができないので注意してほしいという旨。
「魔法隊の状況は」
「死傷者ははっきりとは分かりませんが、大隊長殿が敵の一撃を受け、倒れられ、下がられたとの事です」
詳細は分かりかねますが、と言いおいて、去っていった伝令を見送る事なくシグールは敵陣の方向に視線を向けたままシーナに呼びかける。
「なんであんなに運が悪いかなあの風使いは」
「防御力もないからなぁ……ま、魔法隊全体がそうだけど」
前を向いたまま話す二人は、言葉だけ聞いていれば普段の飄々としたものだけれど、目が笑っていない。
「ま、自棄の特攻なんてものを成功させられちゃあ面目が立たないんだよね」
「まったくだ」
「……完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」
ひゅん、と剣から落ちる血を振り払って、シグールは口元を吊り上げた。
最初はゆっくりと。
そしてどちらが示したわけでもなく、だんだんと速度が上がっていく。
歩きが早足になり、駆け足になって、二人同時に医務室のドアを開けた。
扉の止め具が外れるのではないかと思うほどの勢いで飛び込んできた少年二人を、リュウカンは静かにせいと一喝した。
「「ルックは!?」」
「……静かにせいと言っとるだろうに」
呆れた様子で奥を指し示したリュウカンの言葉など聞こえていないのか、シグールとシーナは部屋の奥に走って、そこに眠っているルックを覗き込んだ。
ただでさえ白い肌が今は色を失っていて、美少年と言われて憚らない顔には包帯や布が当てられている。
かすかに胸の辺りが上下しているから、生きてはいると判断がついたが。
「…………」
「リュウカン、ルックの容態は?」
気の抜けたようにシーナはベッドの端に顎を乗せて深々と息を吐き、シグールはリュウカンに振り向いて尋ねる。
「命に別状はありやせんよ。少しばかり血を流しすぎたが、内臓にも傷はないし、直に目を覚ます」
「そっか」
ふっと僅かに表情を緩ませて、シグールも安堵の息を吐く。
魔法隊の防御力は総じて低いので、最終的にこちらが勝利したものの、魔法隊への被害は甚大なもので、本隊より先に撤退していた。
先んじて魔法部隊が撤退して、三日。ようやくシグール達も帰還したのだ。
「さすがルック。防御力と運は低くても、しぶとさも天下一品か」
「まったくだ」
けらけらと笑ってシグールはルックの頬をつつく。
普段こんな事をしたら切裂きが確実だけれど、今は意識がないからやりたい放題だ。
「内臓無事なら、多少いじっても大丈夫だよねー」
「普段やられてっからな。今回は盛大にやりかえさねーと」
にやにやとシーナも頷く。
前衛に立つシグールやシーナが怪我をするのはルックよりも回数は断然多く、しばらく起き上がれない程度の傷を負う事だって珍しくない。
その度にルックに、動けないのをいい事に遊ばれからかわれ、「刺激があった方が治りがいいよ」と傷口を容赦なく押さえてくれる。
いつもやられっぱなしの二人にとって、今回は滅多にない反撃のチャンスだった。
――もちろんすべてはルックが目を覚ましてからだ。
医者の前で不穏な会話を交わして、シグールがシーナの肩を叩いた。
「そいじゃ、ルックの無事も確認したし、会議いくかー」
「がんばれ〜」
「何言ってるの。シーナも出るんだよ」
「なんでだよ。親父出てるしいーじゃん」
「ダメ。この後の報告も手伝ってもらうんだから、会議出て情報メモってもらわないと」
「俺はおまえの秘書じゃねえよ!」
突っ込んだところでシグールに敵うはずがなく、首に手を回されて引きずり立たされた。
「そいじゃリュウカン、ルックよろしくー」
「ちょい待てお前達。お前達の手当てが先じゃ」
なんのために医務室に来たんじゃと胡乱な目つきで見られて、戦場から帰ったばかりの二人は泥だらけの傷だらけの恰好で顔を見合わせた。
「「ルックの様子見に?」」
「傷の手当てじゃろが」
怒られた。
後日。
「よかったなあ、脱・処女できて」
「初めては痛いって決まってるしねえ」
「「ちゃんと静養しろよ」」
「黙れこのガキ共」
ユニゾンで言われた言葉に、ルックは思い切り額に怒マークを浮かべていた。
しかしいつもの切裂きを出す魔力も気力もなければ、近くのものを投げる体力も回復していないので、力なく怒鳴り返すので手一杯だ。
そんなものがこの二人に効くわけがない。
普段の怒声でさえ効果がないのに、腹に力の入らない今のルックの声にはなんの迫力もない。
「出て行け」
「いやいやいや、せっかくだし脱・処女を祝ってあげようかと」
「なにが処女だ!! ……っう〜」
怒鳴ったとたんに腹の傷が疼いて、ルックは顔を顰める。
にやにやにやと笑いながら、シグールとシーナが更に追い討ちをかける。
「ほら、俺達はもう経験済みだからさ」
「ルックも経験者の仲間入りおめでとう♪」
「経験者言うな!」
ずきずき頭に響く痛みに顔を歪めてそう叫ぶ。
「っつぅ……」
「大人しくしてなよ、体力ないんだからさ」
「これに懲りたらもちっと筋肉つけろよな」
見下ろしてくる二人をルックは睨み返したが、けらけらと笑うだけだ。
「まあ、臓器が奇跡的に無事でよかったよね?」
「そうそう、俺は心臓ギリギリで肺もやられた事あるし」
「僕なんか肝臓やられたからね? しばらく禁酒で欝だったなああの時は」
聞いている方が顔を歪めたくなるような体験談をけろりと言うシグールとシーナを、ルックは一緒にしないでくれるとねめつける。
「にこやかに話すな。僕は後衛なんだ、刺されること自体が……っ」
声を荒げると傷に響く。
呻いたルックに、シグールはくすくす笑った。
もちろん、シーナも似たような調子だった。
思い切り槍で刺されたルックは、医療班によって一命を取り留めた。
確かに脱処女だ。突き刺される的な意味では。
普段後衛にいるから、掠り傷程度がせいぜいで、ここまでの大怪我をするのは初めてだった。
意識を戻したのは本隊の帰還が済んでから一日経った後で、当然シグールとシーナが戦場から戻って来てすぐにルックのところに来た事など知らない。
からかうためにわざわざやってきたと思っている。
二人がルックの目が覚めるまで、心配していたなどと口が裂けても言うつもりはない。
心配してたんだよーと表立って言うのはお互い気恥ずかしすぎるではないか。
「よしルック、せっかくだから早く治す方法を教えてあげよう」
「そうそう。心優しい先輩に感謝するんだぜ♪」
笑顔でそんなことを言いながら、二人はルックへ手を伸ばす。
「な、な、なにを」
「早く治したいだろ♪」
「傷口は適度な刺激を与えると早く治るってルックが教えてくれたしね」
「ま、まさか……」
「ささ、遠慮せずに」
顔を引きつらせたルックに、シグールとシーナはにっこり笑って、リベンジを果たすべく布団をひっぺ剥がした。
「――ッギャー!!!!」
ルックの悲鳴が、盛大に病室に響き渡った。
<(大層分かりにくい)つながりの話(1軸)>
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本当の本当の本当にやばい時とか何かない限りは面と向かって心配したりする素振りは見せない連中。