<タチとネコの問答>



「クロスってネコなの、タチなの?」

「…………」
飲み始めたばかりなのにもう酒が回ってるのかと酒瓶を確かめた。
先程聞こえた言葉を反芻して、聞き流そう、と思った。
酒が入る席とはいえ、友人の床事情なんぞ聞きたくない。
「特に意識したことないなー、抵抗感じたこともないし」
さらっと答えないでくれ知りたくもない、とジョウイは手の中の酒を一気に煽った。

けれど止めたところで止まってくれるような彼らではないので、このまま泥酔して記憶をなくしてしまおうという算段で次の杯を注ぐ。
それを見て同じ手段を取ることにしたのか、ルックも普段は手をつけない度数の高い酒に手を伸ばしていた。
「るっくん、だめだよ。これ度数高いんだから」
……クロスに取り上げられていた。やめろルック。羨ましそうにこっちを見るな。

「クロスは両方じゃねーの。元々シグルドの時はお前下だったろ」
「なんで知ってるのテッド。僕言ったっけ」
「なんかで聞いた。あいつが下とか想像つかねぇし」
うん。クロスといい君といい、ワク枠がなんでさらっと乗っかるのかなテッド。
そうか年寄りって下ネタ好きだったっけ。

「ルックと付き合い始めてからは上ばっかり?」
「そうだねー」
のほほんと答えるクロスにルックが死にそうな顔をしていたので、こっそり度数の高い酒のグラスと交換してやった。
アイコンタクトであったとしても、礼を言われるとか稀有な経験をしたと思う。

強い酒でいかに早く潰れるかという別の飲み方をひっそり始めた二人を余所に、タチの悪い会話は続いていく。
「なに、シグール。タチに興味あるの?」
「この間、ちょっと分家の躾がなってない人がね?」
その時のことを思い出してかシグールが黒い笑みを浮かべながら、発端となった時のことを話しだした。
なんでも、テッドとの関係を勘ぐった(事実は勘ぐりでもなんでもなくただの事実)分家の下種な誰かさんが、シグールを前にしてまぁ、それなりに失礼な物言いをしたらしい。
その人はたぶんもう社会的にはこの世から消されてしまっているのだろうけれど、その時の言葉が余程気になったのか癪に障ったのか、覚えていて今の発言にいたるらしい。

むに、と自分の頬をつねってシグールがぼやく。
「僕、そんなに受け顔なのかなーって」
「ガチな奴は、男っぽい顔立ちの方が好みらしいけどな」
「テッドどこでそんな話仕入れるの」
「酒場とか?」
「上下なんて本人達がよければどっちでもいいと思うけど」
ねえセノ、とあらぬところに火の粉を飛ばされて、ジョウイは酒を噴き出しそうになった。

セノはにこにこと笑みを崩さずに、そうですねぇ、なんて小首を傾げる余裕すら見せている。
「僕はジョウイはよければどっちでもいいです」
「セノ……っ!」
告げられる言葉にぐっときた。
「なので、ジョウイが下がいいっていうなら、その時は僕、頑張りますっ!」
ぐっと拳を握り締めてまでの意気込みに、ジョウイは黙って酒を一気飲みする。
無言でルックが新しいのを注いでくれた。

「おお、セノ男前っ!」
やんややんやとはやし立てるあいつら、実は酔ってるんじゃなかろうか。
今日の酒はワクでも酔えるものでも混じってるのか。
半ば本気で考えるレベルだ。

セノもなぜか混ざっていて(これは完全に酔っ払っている)、ルックとジョウイだけがお通夜みたいな顔で酒を煽っていた。
距離的には最初とそれほど変わっていないが、心理的な距離は今までになく遠ざかっている気がする。
「ジョウイ。僕はできれば明日なにひとつ覚えていたくないんだけど」
「奇遇だな。僕もだ」
「そもそもどっちがどっちかなんて普段見てればわかるし。いちいち明言されなくてもいいし」
「まあ、たしかにクロスとルックだとどう考えてもお前が下だよなぁ」
「……セノは、その気になればひっくり返すのもやぶさかじゃないみたいだったけど?」
「…………」
やめて、と叫びたくなったが、いやでもセノも男の子だしなぁと考えると、片方ばかりを押し付けているのも……とだんだん思考がどつぼにはまっている。
その時点でかなり酔いが回ってきているのだが、ジョウイもルックも酒のペースは緩めない。
明日には全て忘れてしまうのだ。忘れてしまうのだから多少の失言はもう気にしないことにする。

「まぁ、ルックが誰かを抱くとかあんまり想像つかないけどね」
「あんた人をなんだと思ってんのさ。僕だって」

「僕だって、何?」


急に割ってきた声に、ルックもジョウイもぎょっとした。
てっきり四人で盛り上がっていると思っていたのに、いつのまにかクロスがこちらを向いていた。

「……いや、その」
「ルックはてっきりまだだと思ってたけど違うんだ」
「え、そうなの?」
「タイミングとしては戦乱中だよなぁ」
「でも、ルック女子認定してる人多かったし、圧倒的に男性からのアプローチが多かったよねぇ」
「…………」
各々の軍主から同意をもらってルックは立てた膝に顔を埋めてしまった。
同情の目しか向けられない。

「…………」
「……何、シグール」
「んー。ジョウイならいけるかなぁって」
「な に が」
「だってテッドとかセノはなんか違うんだもん」
「ほう」
「テッド。肩がみしみし言ってる手ぇ離して」
「シグールさん、だめですよ」
セノがとめてくれて、ジョウイはほっと息を吐いた。

「ジョウイのはじめては、僕がもらうんです」


きりっとした顔で宣言したセノに、ジョウイはもう泣けばいいのか笑えばいいのかわからなかった。





***
書いていてあまりにも酷いとは思ったけど最後まで指が一切止まらなかったこの不思議。
本当はクロスがルックのはじめてをおいしくいただく予定だったんですが、どこで間違えた。

テッド>>シグルド>坊>(≒)ジョウイ>>クロス>セノ>ルック

各々誰が好みなのかなーとか考えたけど、セノはそういう相手として認識されることがとても難しそうだなって思った(何告白)