<記念日のための話>



出迎えた屋敷の主の機嫌は底辺で、その親友の機嫌もかなり低かった。
ぷりぷりと怒っているシグールはあからさまに理由を聞いてほしそうであったけれど、ルックは我関せずとさっさと通された客間のソファでお茶の到着を待っている。
その隣に腰を下ろして、クロスはこの屋敷の主の不機嫌の様子を礼儀として聞いておくことにした。
本音としては犬も食わない何かを聞きたくはないけどね。

「どうしたの、シグール」
「テッドが僕のワイン飲んだ」
むくれたままに言うシグールの不機嫌の理由に苦笑を零しつつ、納得半分不思議半分の視線をテッドに向ける。
テッドは頬杖をついでぶすくれたままだ。

「それはもう謝っただろ」
すでに何度か謝罪した後なのか、口を出すテッドの声も少し棘がある。
それが余計にシグールの機嫌を下降させているのだろうが、それにしたってここまでシグールが腹を立てるなんて、余程貴重なワインだったんだろうか。

そう思って聞いてみれば、テッドが挙げた銘柄はそれほど高級なものではなかった。
その気になれば見つけることも可能だし、法外な値段がつくものでもない。
少なくともシグールがここまで腹を立てるような代物には思えなかった。

マクドール家は、いくつかワインのためのブドウ農場とワイン工房を持っている。
名産地であるカナカンにも所有地はあるし、そこで作られるワインは毎年市場にも流されていて、お手軽な値段で買えるワインとして親しまれているらしい。
まだまだワインの市場では新参者で、銘柄で売れるほどの質と歴史を重ねてはいないかららしい。ワインの世界は独特だ。

その取引の商品の保存や管理を任されているのがテッドで、今回テッドはワイナリーにあったワインを一本くすねて飲んだらしい。
……そもそも、このあたりに根本的な問題がある気がする。

「まぁ、たしかにシグールが怒りそうなことをしてはいるけど」
「酒好きにワイナリーの管理任せることが間違ってるんじゃないの」
ここでルックが呆れたように口を挟んできた。
たしかにテッドはザルだし酒好きだ。
そんな男にワイナリーの管理など任せたら、こうなる結末は見えていた気もする。

「いやいや俺だってさすがに商品には」
「別にテイスティングのつもりで数本空けたりとかしても、取引に支障なければよかったし。たいてい罪悪感からか同じ品物どこからか持ってきてたから目を瞑ってたけど」
「……飲んでたんだ」
「しかもシグールにバレてた挙句、目を瞑られてたとか」
「本人気付いてなかったっぽいし」
「…………」
シグールの言葉に無言になるテッドに、ルックとクロスは胡乱な視線しか向けるものがない。
盗み飲みがそもそも公認ってどうなんだろう。

「ただ、あれはだめだったの」
「そんなに貴重だったわけ」
「それとも、取引に影響出るような……?」
「ううん。自家用」
首を振ったシグールの元気がなくなってくる。
貴重でも、取引に影響が出るようなものでないなら、そこまで怒る必要があるのだろうか。

三対の疑問の目を向けられて、シグールはぽつりと呟いた。
「……記念のワインだったんだ」
「記念?」
「僕とテッドがはじめて出会った年のワインだったの! あの年は不作だったから出回ってる本数が少なくて、しかも戦争やらなんやらで本数が少ない年なんだよ……。
 出来がいいわけじゃないから、本数少なくても高い値がつくわけじゃないけど、その分現存数が少ないんだ」
せっかく探して手に入れたのに、としょげているシグールに、カレンダーを見たクロスがああ、と納得の声をあげた。

「そろそろ記念日なんだ?」
「記念日ってなんの」
「たぶんシグールとテッドのお付き合い記念日」
「……なんでクロスそんなもん覚えてるの」
「正確な日付覚えてるわけじゃないけど、ほら、ちょうど旅してる最中の話だったし。年にこだわる時のプレゼントってそういうのが多いから」
「お前はどこの恋愛マスターだ……」
「僕もルックの記念日は覚えてるもーん」
いつか結婚記念日も作りたいなぁ、と笑うクロスが直後声にならない悲鳴をあげたのは、ルックがクロスの足にかかとを振り下ろしたからだろう。

「で、その記念日よりも前にプレゼントだったワインを飲んじゃったから不機嫌なわけだよ」
「シグール……」
「まぁ、そんなものをテッドに任せた僕も悪いんだけどね」
「どういう意味だそれは」
勝手に飲んでたテッドに反論はできないと思う。

たぶん詳しい理由は、恥ずかしいから面と向かって言うことはできなかったんだろう。
全部明かされてしまえばすっきりしたのか、幾分機嫌を直した表情でシグールは溜息を吐いた。
「まぁ、テッドの口には入ったんだからいいとするよ。ほんとは一緒に飲みたかったんだけど」
「……悪かったよ」
「ん。僕も腹立ててごめん。もともとテッドのために用意したのにね」
頭をかいて謝るテッドにシグールも表情を崩す。
これで一件落着したかと思った二人の前で。



「ところでテッド。いい機会だから、盗み飲みについてもじっくり話し合おうか」
「……げ」
「あと、それの穴埋めのために持ってくるルートも教えてもらおう。交易に組み込むから」
「そしたら俺のルートが潰れるじゃねぇか!?」
「テッドだけ飲んでずるいんだよ! 僕だって飲みたいんだから!!」
「本音はそこだろ!」
「商品に手を出すとかできるわけないだろ!?」
違う話題でぎゃんぎゃん言い合い始めた二人を眺めている間に、冷めかけたお茶を飲みながらルックが呟く。


「で。僕らワインの運びのために呼ばれたはずだけど、いつ仕事に取りかかれるんだろうね」
「お茶のお代わりをもらう間くらいはありそうだよね」
これは報酬にワインの二三本上乗せしてもらえるかなぁ、とのんびりと笑いながらクロスはお茶のお代わりをお願いするために呼び鈴を鳴らした。





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元ネタはbotから。
シグールは単純に一緒に飲みたかっただけです。