<時は偉大也>





部屋の中をいったりきたりしながらしきりに首をかしげるセノに和まされながら、どうしたんだい? とジョウイは声をかける。
「う〜〜〜ん」
「思い出せないことでもあるの?」
「うん」
こくり頷いたセノはああ可愛いなあとか思いながら、ジョウイは皺をのばしたテーブルクロスをテーブルにセットする。
「僕が覚えていそうなことなら、協力するけど」
「う〜〜〜ん」

覚えてるかなあ、違うかもしれないしなあ、と何度か口の中で呟いたが、ようやく決めたのかセノは顔を上げる。
なおジョウイ的にはこの間も可愛らしいと思っているので、どうしようもない。
「あのね」
「うん」
「半年前にね」
「うん」
「半年前の、七日ね。七日だから僕、朝市に行ったんだ」
「七の付く日はいくものね」
「うん。それでね……朝、出かけるとき、僕すっごくものすっごく怒ってたの」
「え」

セノが怒っていた?
それもものすっごく?

その現象がそもそも理解できず凍ったジョウイの前で、セノは首を傾げ続けている。
「何であんなに怒ってたのかなあ。よく覚えてないんだけど」
「そ、そうなんだ」
「うん」
でも、僕は怒ってたんだよ。
呟いたセノは、手にしていた花瓶をきゅっきゅと拭いてから、トンと置く。
「ものすごく怒ってたんだよね……」
「あの……セノ、それは……なんで?」
「思い出せないの」
不思議だよねえ、と首を傾げて、セノはきゅっきゅと家具を磨く。
「でも明日は七日だから思い出したんだ。なんで怒ってたのかは忘れちゃったけど」
「へ……へえ、不思議だねえ」
「不思議だねえ」

さっくりとジョウイの言葉に頷いたセノは、もう思い出すのを諦めたのか鼻歌を歌いながら掃除の続きをしだす。
対してジョウイは、テーブルのセッティングをし終えて真青になっていた。


半年前。
半年前といえばシグールとテッドがファレナ女王国へ仕事と逃亡をかねて一ヶ月ほど高飛びし、クロスとルックがのんびり群島諸国へ観光に行っていた月だ。
つまり奴らがセノの怒りの原因になるわけがない。




つまりセノの怒りの原因は。
半年間も覚え続けているほど盛大に怒った原因は。


ジョウイ、ということになる。



(思い出せ僕! 半年前の七日の朝もしくは夜、僕はセノに何をした!?)

ガンガンと頭を壁にたたきつけてみたものの、何も思い出せなかった。
それもそのはず、ジョウイはセノが機嫌を害したような素振りを見せたのを見た記憶が一切ないからだ。
まさかセノの機嫌を見誤るとは思えないので、セノが怒りを面に一切出していなかったことになる。

それでも「ものすっごく怒っていた」のだ。


(僕は……僕は何をしてしまったんだ!? それに何にもオチてないし!!)


ジョウイの心の片隅に、僅かな恐怖だけが残った。



 

 


***
原因は各々で察するように。