――僕と一緒に戦ってください
少年はそう言った。
英雄は目を細めた。
――君は何のために戦っているの?
少年は困ったような顔をして、答えた。
――僕は……
<Reason>
「シグールさん、ちょっとお手伝いしてきますね」
「ああうん、いっといで」
「はい」
笑顔のセノに軽く手を振って、シグールはぱたりとその手をベッドに落とす。
「あたまいたーぃ」
「あれだけ飲めばな?」
先日この宿屋の一階の酒場で、飲んでいた柄の悪い男共が一般人相手に暴れだした。
それを止めたのは夕食を団欒しつつ食べていたシグール達だった。
そのお礼と感動した宿屋の主は「飲み放題だよ!」と言ってくれたのだが……
調子に乗って飲みすぎだ。
「でもけっこう美味しかった」
「酒代は払っといたからな」
「えー、タダだったのに?」
「……宿の酒を空にして言うな。今から隣村まで仕入れに行く主の身になってやれ」
ついでにそれに付き添うセノとジョウイの。
あの子達はお前が二つ目の樽をあける頃にはもうこれを見越して寝てたからな?
頭痛を堪えながら説教されるに甘んじるシグールに、ふと言葉を切ったテッドは聞いてみた。
「そういえばさ」
「ん〜?」
「お前、底の浅い正義とか嫌いだろ? なんでセノの手助けする気になったんだ?」
「言外にセノの底が浅いとか言わないの」
いたた、と顔をしかめてシグールは上半身を起こす。
テッドに差し出された水を飲んで、ふうと息を吐いた。
「……意外だったけどな、お前とセノがつるんでるの。ルックは同属って感じだけど」
「むしろ逆、僕とルックがつるんでる方が奇跡だよ」
「そうか? 唯我独尊傍若無人同士で似てるだろ」
「……ええと、テッド、僕今ベッドから起き上がれないから近くに来てくれる? 殴るから」
拳を上げて笑ったシグールに苦笑して、テッドは指を組み合わせた。
先を促す仕草に、シグールは肩を竦める。
「まあ、言ってしまえばさ。結局彼も天魁星だったわけですよ」
「は?」
「んー、ぶっちゃけてしまうとさ、僕としては英雄ってばかだなーという意見だったわけさ、自分がなってしまうまでは」
「……夢がないな」
ある意味ねーと笑ってシグールはいたたと顔をしかめる。
右手で軽く米神をもんで、話を続けた。
「なってしまうとね、あれはなかなかよかったんだよね。僕にあってたっていうか」
「カリスマで?」
「自分の手で救えて、自分の目で結果が見れるじゃない。僕はたまたま時代の変革に行き当たった一人でしかないけどさ、下積みとかちんたらしたのは向かないんだよね」
なるほど、とテッドは頷いた。
確かに向いてなさそうだ。
「僕は大儀のために戦えないし、この国の平和とか未来のために戦ってたわけでもない。僕は僕の下に集まる人を一人でも幸せにしたくて、感謝の声が聞きたくて、戦っていたわけさ」
「それは国の未来っつーことじゃないのか?」
首をかしげたテッドに、シグールは薄く笑う。
「未来を思ってるなら全部投げ出して逃走しないって」
最後まで国の最高責任者としているべきだろう、だけどそれはしなかった。
軍主であるときはよかった、勝てば皆が喜ぶ、平和が来ると喜ぶ。
けれど国を治めるのは別の話。
誰かが必ず不幸になる、喜びの声だけではなくなる。
皆を幸福にしようとすれば国が立ち行かなくなる。
弱者を切り捨てる事になる、少数派の意見を聞かなかった事にしなくてはいけない。
それは怨嗟の声となり、シグールを苛むのだ。
「セノはね、僕が「何のために戦っているの?」って聞いた時にね、泣いたんだよ」
「泣いた?」
「そ。何のために戦っているかわからなくなった、ってね」
『何のために戦ってるのかわからないんです。最初はナナミとジョウイを無事に帰したくて、それだけで、お世話になった人に恩返しがしたくて、それで。
でも僕は軍主になってしまって、皆がそれで喜ぶなら力が出るなら頑張ろうって。
けれどもうわからないんです、僕はジョウイのために戦っていたのにジョウイがいなくて。
僕は何のために戦っているんでしょう、僕はただ――』
「泣きながらセノは言ったんだよ。『僕はみんなの笑顔が見たかっただけなのに』って。それを聞いた時にね、僕とセノは同類なんだなぁって思ったわけさ」
わけが分からないという顔をしたテッドにくすくすと笑う。
首をひねってもよく分からなかったテッドは、素直に聞いてみる事にした。
「どのへんが?」
「僕らは、戦う理由を他者に求める臆病者ってコト。それでいて頼まれたら断わらないのはもはや確信犯としかいえない」
「……は?」
「祭り上げられ体質ってやつ? それでいて心の中では「自分は悪くない、皆が望んだんだから戦争をしているんだ」とか思ってるわけ。本当は僕は敵を叩きのめすことで優越感を覚えていなかったといえば嘘になる。父さんの軍を破った時はある種の恍惚感も覚えたさ。けれどそれを自分で否定してる」
「そこまで言うか……」
呆れたテッドの言葉に、真実だからねとシグールは返した。
「もちろん、僕にも大儀だの情熱だのはあったさ。けれどその感情ばかりではないってこと。僕だって人なんだ、動物的な感情で戦うときもあるさ」
窓の外に目をやって、シグールは静かに笑った。
「だから僕らは仲間が要るんじゃないかな。僕らを支えて肯定して時に叱咤し、けれど絶対に裏切らない仲間が」
「……そんなややこしいこと考えて戦争してたのかお前は」
「そうだよ? まあプラス三年の放浪もあるけどね」
考える時間は案外無駄にあったからねえ、とシグールは視線をテッドから外したまま、今まで脇におかれていた名前を出した。
「ルックは――ジョウイもねぇ、違うんだよ。彼らは大儀のために全身全霊を、守るべきモノすら賭けれるのさ。彼らに賞賛者は必要ない、支える仲間も要らない。彼らの「理想」や「信念」が人とは少し離れているから理解されにくいけどね」
ああいうのが本当は、英雄なんだろうね。
一人の英雄さ。
そう結んでシグールはゆっくりとテッドを振り向いた。
「ねえ」
テッドはどっち?