<Harvest>
「…………」
「どうした? えらく真剣な顔してるな」
「ああテッド、おかえり〜」
「ただいま」
机を前にして真剣に何かに取り組んでいるシグールに、彼のおつかいから帰ってきたテッドは上着を脱ぎつつ声をかけた。
椅子からのけぞるようにしてシグールが間延びした声を出す。
何にそんなに悩んでいるのだろうと興味本位で机を覗くと、シグールの前に置かれた紙はまだ真っ白なままだった。
「……何にも書いてないぞ?」
「うん、まだ書いてないからね」
「何考えてたんだ?」
決算を出す時期でもないし、しばらくはこれといった会議もなかったはずだ。
頭を捻るテッドに、シグールは指先で器用にペンを回しながら答えた。
「次の収穫祭で提供する物を何にしようかなーって」
「ああ……あの毎度毎度手の込んでるアレな。つーか先週終わったばっかだろうがそれ」
「一年前から考えてたら遅いくらいじゃない?」
今年のなんて三年越しの計画だったんだから、とペンを動かす彼が今年の収穫祭で提供したのは、はるか南の群島の、ごく一部にのみ生息するという幻の巨大カニ……ぶっちゃけてしまうとクロスと同じ名前のついた島にいるアレ……の甲羅から削りだしたアクセサリだった。
光の当たり具合で幾重にも色が変わり、細かな細工が施してあるそれは、なにせモトがモトなため、見た目よりもはるかに丈夫だ。
丈夫さと繊細さを兼ね備えたアクセサリは、農家の奥様方にも大好評だった。
「あれ、そんなにかかったのか」
「捕獲そのものはクロスに任せればすぐだったけど、そこから光沢がうまく出るように削ったり細工したりで結構手間がかかってね。最初はその年に出す予定だったのがズレこんで、三年かかっちゃった」
どこから突っ込むべきか悩んだ。
とりあえずクロス何やってんだお前。
友人のアルバイトに乾いた笑みを浮かべ、それにしても手の込んでいる事だと感服する。
最後にはあれは無償で配られるものでも細部まで手を抜かないのは商人魂というべきなのか。
「相変わらず手間を惜しまねぇな……」
「そりゃあ日頃色々とお世話になってますからね。これからも末永くおつきあいしていただくための布石だよ布石。それにノウハウはもうわかったから、今度から商品として売り出すしね」
「……しっかりしてるよお前は」
えへへへと顔を緩ませるシグールの頭をなでながら、テッドはけどよと尋ねる。
「そんなに真剣に今日悩む事か?」
「時間あったしねー。それに、前にテッドが言ったじゃない」
「へ、俺?」
「とりあえず机に向かってみたらいいアイデアが出るかもしれないって」
「あー……そんなことを言った覚えがあるようなないような」
すぐに気分転換と銘打って仕事をサボるシグールに、たまには机に向かってみろと諭した時にそんな内容の事を言ったかもしれない。
半分くらい口から出まかせだったから、まさかシグールが覚えていて実践するとは思わなかった。
「で、それを実践してみたんだけど」
「おう」
「座ったところで出ないものは出ないねー」
せっかく今日は仕事も少なくて時間も余ってるのにもったいない、と溜息をひとつ吐いて、シグールはペンを投げ出すと椅子から立ってテッドの腕を引いた。
「というわけでやーめた。テッド、釣り行こう」
結局いつもと変わらない回答を弾き出したシグールに、苦笑して首を縦に振る。
「ま、いいけどな」
机に向かって悩んでも駄目なら、それこそ気分転換がいいだろう。
ちゃんと頑張ったのならば気分転換に付き合うのだって悪くはない。
天気もいいし、風も穏やかだから釣りをするにはいい日和だ。
置いたばかりの上着を取って、テッドは笑った。
「どうせどうにも間に合わなくなっても、別のストックくらいあるんだろ?」
「まあ、いくつかね? 花火とかも手を出してみたんだけど、火薬はハルモニアの専売特許だからなかなか上手くいかないねー」
「そんな事にまで手ぇ出してんのかよ……」
「うん」
楽しみにしててねと笑うシグールに、楽しみにしてるさとテッドも笑った。
***
「ところで何時間くらい悩んでたんだ?」
「え、テッドが帰ってくる十分くらい前から」
「みじかっ!?」
***
正月ゲームテストプレイの御礼としてシルナさんへ。
シルナさんのみお持ち帰りOKです。
テド坊でほのぼの……してるのかなぁこれ。