<深き海のはて>
白い素足が水を跳ね上げる。
飛んだ飛沫に目を細めて、クロスは後ろから薄い布を彼の頭にかけた。
「ルック、日焼けするよ」
「別に」
「ひりひりするよー?」
痛いでしょ、と言ってクロスは布の上からルックを抱きしめる。
ついでに頭をすり寄せた。
「……暑い」
「んー、るっくんいい匂いー」
変態、と容赦ない言葉を浴びせて、ルックはそれでも動く事なく右足を軽く蹴り上げる。
足の甲が水面を蹴り上げ、ぱしゃりと水が跳ねた。
腰かけている向こうには、ずっと青い水が広がっている。
「クロス」
「なぁに?」
「……ううん」
なんでもない、と言ってルックは口をつぐみ、また水を蹴り上げる。
日光を乱反射するその水は透明だけれども、底の方はうっすら緑がかかっている。
ざざざ、と耳に心地よい響きが白い砂浜を舐め上げる。
「なぁーに? 気になるなぁ」
ルックの肩に顎を乗せて、くすくす笑ったクロスには答えずに、ルックは頭の上から被っている布を少し手で引っ張った。
「ルック」
布越しだけれど耳元で名前を呼ばれて、ルックの肩がわずかに揺れる。
「海、綺麗でしょ」
見た事がない、とルックは言った。
海は空の色を映しているはずだから、青いはずなのに、色々な本に違う事が書いてあって。
海の色はどんな色なの、と問われてクロスは笑った。
いつかね、と答えていて。
その前にルックの考えている海を知りたかった。
それはやはり蒼くて。
水は冷たいんだよね、湖より深い色の水かな。
水が打ち寄せる砂浜に、波が立っていて。
砂浜の色は砂だから、薄茶、かな。
少し深いところにはゆらゆら海草が生えてて、それは湖もそうだった。
それでも海はずっと広いから。
真直ぐに水平線があるんだよね、どこまでも。
ポツリポツリ語るルックの中の海は、きっとひどく穏やかで美しいんだろう。
整っていて寛容で、きらきらと光っているんだろう。
本当はどうなの、と問われて笑ってお茶を濁していた。
だけど君が、言ったから。
――クロス、海が見たい。
君の言う「海」も嫌いじゃなかったけれど。
「……広いね」
呟いたルックの横に座って、クロスは水面を見つめる。
「こんなに、広いなんて、思わなかった」
「うん」
「空と、ずっと交わってるんだ」
ねえ、とルックはクロスの肩に頭を乗せる。
「ずっとこの先に進んだら、何があるのかな」
「しばらくはずーっと水だね」
「ずっと向こうに行けば、水平線は移動してるんだよね」
「そうだね」
「空と海の間には、つかないんだ」
つかないな、と笑ってクロスはルックの肩を抱いた。
「行ってみたい?」
「船、好きじゃない」
答えたルックは、もう一度ぱしゃりと足で水面を叩いた。
「あれだけ遠くにいきわたるくらい、水があるんだ」
「ここよりずっと、向こうの方は深いしね」
変なの、と言ってルックはその目を水平線の彼方へと移す。
「思ってたのと、違ったよね」
クロスの問いかけに首肯して、ルックは片手で被っている布を目深にまで下ろす。
「……でも」
「ん?」
蒼くて、翠にも見えて、澄んでて、深くて。
時々色を変えて、色々な姿を見せて。
「海の色は、クロスの目の色だった」