<visitante>
新しく買った型抜きを使ったり、ココア生地と混ぜてマーブル模様を作るのが面白くて、ついつい作りすぎたクッキーとケーキを抱えて、ジョウイとセノは家の扉を叩いた。
「すみませーん」
無音。
「あれ、シグールさんいないのかな」
首をかしげたセノに、どうだろうねとジョウイはもう一度扉を叩く。
「シグールさん?」
無音。
「シグールさーん、グレミオさーん……おかしいなあ、お出かけかな?」
「まあアポなしで来た僕らも悪いしね」
ルックに押し付けにでもいこうか、あそこならいくらあっても食べるだろうし。
さらっと酷い事を言いながら、ジョウイはセノを促す。
時刻としては夕方。
通常はグレミオが夕食の準備をしている時間だ。
だからいるだろうと思ってきたのだが。
「うー……しょうがないね、じゃあルックのとこに」
いこうかな、と言いかけたセノの言葉は、目の前に現れたルックによって途絶えた。
引っ掴み問答無用で転移。
気がつけば以前訪れたドでかい屋敷のど真ん中。
「なにしやがるんだ!」
「クロス、手伝いきたよ」
「ホント!?」
二階からひょいと顔をだしたクロスは、歓喜の表情を浮かべる。
その手には雑巾。
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「助かったーっ、五人だけじゃ全然終わらなかったからね」
「……はい?」
「あ、ルック。例のは?」
「まだ。今から」
急いでね、とクロスに言われて首肯すると、とっととその場から消えてしまう。
説明を求めてジョウイはクロスを仰いだが、彼はすでにそこからいなくなっていた。
呆然としているジョウイにセノ。
彼らに答えをくれたのは、残念な事にシグールだった。
「や」
かけてきた言葉はいつもどおりだったが、その様子はいつもどおりではない。
日頃ずるずるしがちな服の裾は捲り上げられ、その手にはハタキが握られ、ついでにげっそりやつれていた。
「……どうしたんだ」
思わずそう聞いてしまうほど尋常な様子ではない。
「フ……僕もまだ若いよねえ」
「何言ってんだ不惑」
先日四十になったシグールにそう突っ込むと、はははと乾いた声を漏らしながらそこにおいてあった彫像をぱしぱしとはたいた。
「お掃除……ですか?」
似合わない。
「まあ、聞いてくれ。明日はとある国のお偉いさんがくるんだ」
「はあ」
「貿易関係だからね、うちに泊まるわけさ」
「なるほど」
それがどうしたんだろうか。
「なのにさ、僕はうーっかりしていて、恒例の一斉休暇を出しちゃったわけ」
ほんとバカとしか言えないねえ、と空を仰いだシグール。
なるほど、つまりこうだ。
明日は来客があるのに掃除も準備もできていない。
だけどそれをしなきゃいけない使用人がぜんぜんいない。
……ヤバくないかそれ。
「どうすんだ」
「手伝え☆」
「……ナルホドゥ?」
唇を尖らせたのはせめてもの抵抗だ。
それをまったく見ていないシグールは、うつろな目でハタキをかけ続ける。
大方、他の何をやらせてもロクにできないからと重要な部分からたたき出されたのだろう。
「あ、シグールさん甘いもの食べると元気になりますよー」
笑顔でセノが差し出したクッキーをつまんで、ほんとだねえと笑顔を作ってシグールは彼の頭を撫でる。
……そうとうキてるな、まあ自業自得だが。
「呼び戻せばいいじゃないか」
「……ばか言え、住み込みの使用人は年に一度しか休みがないんだ。僕の予定調節ミスで呼び戻すなんて横暴すぎるし、大半は親元に行ったりしててすぐに帰ってこれないさ」
むすっとした顔で言って、シグールはハタキを投げる。
飽きたらしい。
「わかったよ、何を手伝えばいい」
苦笑しつつジョウイに言われて、シグールは振り返ると目を丸くさせた。
「なんだその顔、僕が手伝うって言ってるんだ、喜べよ」
「いや、どーあっても手伝わせるつもりだったけど、自主的にくるとは」
「……礼はもらうぞ」
「明日が乗り切れたらいくらでも」
憔悴しきった顔のシグールに言われて、ジョウイは肩を竦めた。
「キイテナイ」
訪問者を窺ったジョウイは呆然とした顔で奥にいるテッドにグチった。
「なんだアレ」
「ゴージャスだな。話にはきーてたが」
あの坊主がああ育つとはねえ、と笑っているテッドは動じている様子はない。
ていうか。他に言う事は。
「だ、誰なんだアレ」
訪問者は明らかにお忍びのような過度に質素な格好をした四人組だった。
顔をすっぽり隠す怪しすぎるフードを取ると、壮年の銀髪の美男子がいた。
それに付き従うようにクリーム色の髪の女性。
黒髪の女性に、茶髪の男。
「名前聞いてないのか? アルフって言ってただろ」
「アルフ?」
まあ、遠い国だし昔の事だからなあ、とテッドは呟いて、客に出された茶菓子の残りをつまむ。
「ファレナ女王国って知ってるだろ」
「ああ、群島のさらに南の」
行った事はないが。
「あれはそこの、元王子にて守護神かつ、現女王の兄。現在貴族二大派閥の一派、バロウズ家御当主」
「……ハイ?」
裏返った声で呟いたジョウイに、テッドは笑顔で手を振った。
「そのうち話が聞けるから、覚悟しとけよ♪」
そういった彼の笑顔に、ジョウイはなんとなく。
守護神とか。
シグールの知り合いとか。
そういうステキな条件から。
もしかしたらご同類なのかな。
と遠い目で思った。
***
自由に生きましょう\( ̄▽ ̄)/