<Divergence>





ベッドに上半身を起こした形で座っていたら、ドアがノックもなしに開けられて、テッドが元気かと顔を覗かせた。
今塔にいる顔ぶれの中で、部屋に入る時にいちいちノックをするのはセノくらいだ。
ノックをしろと注意したところで他の誰一人として改めたりなどしないので、いちいち言うだけ声と体力の無駄だと悟っている。
更に言うならルックは今現在絶対安静状態であり、その原因を作った要因の一端を担っている相手に元気かなどと聞かれても嫌味しか返すものはない。

例に漏れずルックは元気に見えるの、と鼻を鳴らして冷たい視線を送るが、テッドは気にした様子もなく部屋に入ってきた。
その手には木網の小さな籠が持たれていて、見舞いの品として定番の林檎と、果物ナイフが入っていた。
「減らず口はいつもどおりだな」
「……クロスは」
「あいつなら買出し」
俺はその間のお目付け役を俺が仰せつかったわけ。
笑ってテッドは普段クロスが座るために用意された椅子に腰かける。
愛されてるねぇと茶化され、ルックは堪えきれない溜息を吐いた。


基本的に、ルックの側には誰かがいる。
看病役を兼ねたこれはほとんどクロスの役目だが、たまにクロスが出かける時はこうやって誰かがやってくるのだ。
一度馬鹿をやった手前、監視と言ってもいい状態に文句を言える立場ではないし、人がいて何かとかまけていた方が気が紛れるのも確かなのだ。
――吹っ切ったはずでも、一人になると頭を過ぎるものがある。

「シグールでないだけ感謝しろよ」
「いい加減、あれの嫌味も収まってきたけどね」
ああでも看病には全く向いてない、と付け足すルックに、お坊ちゃんだからなとテッドは笑いながら林檎を一つ手に取った。

果物ナイフを器用に使って、するすると林檎の皮を剥いていく。
「そういや、セノとジョウイは一度戻ったぞ」
「知ってる。出掛けに挨拶しにきた」
フッチやアップルなど、後々のフォローのためにも連絡を取らなければならない相手が何人かいるからと、二人は一度国に戻った。
ちなみにシグールは今はセラの方にいるが、さすがに手負いの一応曲りなりにも一般人に属する少女に無茶をやらかさないだろうとは、思う。

剥いた林檎の皮を籠の中に落として、丸い剥き身から八分の一だけを切り出す。
ナイフをフォーク代わりに刺したまま林檎に齧りついて、テッドはルックに話しかけた。
「まだくだらないことで悩んでるんだろ」
「……くだらなくはない」
「もうやる気はないんだろ」
「やったらそれこそあんた達に殺される」
それは今回の事で痛感したし、二度と味わいたくはない。
彼らを敵に回すといかに恐ろしいか身をもって知る機会など一度でいい。
「わかってるなら」
「だけどこの世界はいつか終わる」
「…………」
暗い表情で言うルックに、しばし無言が続く。
切り出した一切れを食べ終えて、もう一切れを切り出して、テッドは口を開いた。
「で、あのままお前が死んだら、変わったのか」
「…………」
「違うだろ、なくなってたのはお前の世界だけだ」

世界があるから人は生きていける。
けれど、人がいなければ世界はない。
自分が死ぬ時、己の意思と共に、世界は確実にひとつ消えるのだ。
「だけど」
「それで死んだら意味がないだろが」



世界は分岐に溢れている。
もしあの時、
紋章を継承しなければ。
大切な人と離れなかったら。
その人と戦わなければ。
――戦いに、敗れていたら。

「たら、ればを言い出したらきりがないんだよ」
選べる道は一つしかなく、その先に今の自分達が存在している。
それを運命と呼ぶのか星の導きと呼ぶのか、それとも自ら開いた道と見るのか、それもまた人次第。



「逃げるな」
「…………」
「紋章の見せる未来が真実とは限らないさ」
「どうしてそう言い切れるのさ」
何度見ても、紋章の見せる未来は変わらない。
変えようのない果て。
決められた時は少しずつ近づいて。

拳を握り締めたルックに、テッドは不敵に笑ってナイフをくるりと回してみせる。
「その時はその時だ」
例え紋章の支配する世界がやってきたとして、だいたい、俺達がはいそうですかと従うと思うか?
「……ありえないね」
絶対に突っぱねる。
しばしの逡巡の後に、溜息混じりに言ったルックに笑って、テッドは最後の一切れを口に放り込む。
「だろ。だったら考えるだけ無駄だし、しばらくは見ない振りをしとくんだな」
未来などいくらでも変わると信じておけ。

その言葉にルックはふっと肩の力を抜いた。
「……あんたも大概大雑把だよね」
「そーか?」
林檎食うか、と新しい林檎を手に取って尋ねるテッドに、
「……一個目を剥く時に聞くよね普通」
「食いたかったのか?」
「見舞いの品じゃないの」
「もう一個剥きゃいいだろ」
「……ほんと、大雑把だ」
籠から新しいものを取り出して剥き始めたテッドに溜息を吐く。

一個目と同じように一切れ切り出して、ナイフを刺したまま差し出された林檎にルックは顔を顰めつつ、受け取って一口齧った。


林檎は少し酸っぱくて、それでも甘かった。
 

 

 

 


***
相変わらずシリアスの締め方が分からない。
そういやテッドとルックの組み合わせも珍しいが、テドルクってあるんだろうかとふと思った。
(あるらしいですね)