<Merry Merry>





ノックなしに当主専用の書斎のドア開けたテッドは、真面目に机に向かっているシグールの姿を見てやってるなあ、と笑う。
クリスマスは明後日、つまりは明日はクリスマスイヴなのだが、クリスマスパーティは大抵イヴか当日のどちらかに行われる。
そしてクリスマスの挨拶文とパーティの招待状はそれよりも前に返信しなければならないわけで。
パーティーの招待状に対する欠席の返答や時節の挨拶などを済ませなければ出かけられないのでシグールも結構必死だ。

この時期はいつもこういう状況に陥るので、今日は日課の打ち合いも当然なし。
その分こなした量は多いが、一日中机に座りっぱなしのシグールの機嫌はよろしくない。
テッドの入室に少し表情を明るくして顔をあげたシグールは、テッドの手に持たれた紙の束を見つけて、げぇと表情を歪めた。
「頑張ってるな」
「……それ、は」
「さっき届いた新着」
「全部宛先不在で送り返していいかな……」
ペンを投げ出して机に突っ伏すシグールに苦笑する。
どうやら集中力が切れたらしい。
運んできた手紙の束を机の右側に置き、左側に寄せられた束をチェックする。
「おぉ、大分進んでんじゃん」
「当たり前……ここ数日これしかやってない気がする……これで時間までに終わらなかったら逃げてやる」
深く溜息を吐き、毎年毎年ご苦労だよね、と愚痴る。
確かに昨日までに書いた分をすでに発送したというのに、まだ机の上や椅子の上にはかなりの手紙が置かれていた。
これ全てに返事を書かなければならないというのは骨が折れる。
いくらお決まりの文句を綴るとしたって辛い……むしろ反復作業だからこそきつい。
「何か手伝うか?」
「……手が疲れた」
「はいはい」
苦笑して右手首をぶらぶらと振ってから、ほぐすように揉んでやると、気持ちいいねぇ、と表情を緩ませた。
「それにしてもさー、挨拶文はともかくとして、毎年断られるのにどうして招待状送ってくるかなぁ」
「一縷の望みに託してるんだろ」
もしもマクドール家の当主を我が家に招くことができたなら、と夢を持つ富豪や貴族は多いというわけだ。
はは、とシグールは笑って言う。

「どこにも出る気はないんだけどねー」
「これで更に当主が謎の人って呼ばれるな」
「その方が気楽でいい」
ああいう場所は肩がこるんだよ、と軽く笑うシグールに、テッドは一枚だけ別のところに置かれた、明らかに他のものと違う装丁のカードを見やって笑みを零す。
少しでも目に留まるようにと豪華な細工が施された手紙の多い中で、明らかに浮いているけれど、これにだけは毎年断りの返事が出されない稀有な招待状。
「それに僕の体はひとつしかないからね、ひとつのとこにしか出られないさ」
「違いない」
「早く行かないと料理食べ損ねるじゃん……ありがとテッド、もういいや」
あとひとふんばりしますか、とシグールは体を起こして新しい紙を前にインクにペンを浸した。















丁度目の前の位置にある窓からは澄んだ青空が覗いていて、今年は晴れそうだとぼんやり思った。
確か去年は雪が降って酷く寒かった覚えがある。
「〜♪」
「…………」
キッチンから聞こえてくる微かな音にルックは呆れた顔をして頬杖をついて溜息を吐いた。
この上なく上機嫌に料理をしているだろうクロスの様子など見なくとも分かる。
台所の上には持っていく料理がすでにかなりの数並んでいて、焼いたりするものを除いてはすでに完成したものもあるようだ。

朝から台所に篭もって嬉々として包丁やら泡立て器やら麺棒やらを使っているクロスの手伝いをする気などルックはさらさらない。
年に一度、かかる金額など一切気にせずに好きなものを好きなように作れる機会において、職人魂に火のついたクロスの手伝いができる余地などない。
ほぼ毎年行われるものなのに、そんなに気合を入れてどうするのか。

皿に並べられた、緑とオレンジの色が透けている生春巻をひとつ摘むと、丁度キッチンから出てきたクロスに目撃された。
持ってきたパイの包みを机に置きつつクロスは苦笑する。
「ルック、後で食べるんだから……」
「わかりゃしないよ」
だいたいこれを運ぶの僕なんだから、空腹じゃやる気も出ない。
食べかけの春巻きを眺めつつ言うと、それはそうだけどね、とクロスは首を傾けた。
運送代としてこれくらいの前取りをしたって許されるだろうと、すでにできあがっているものをいくつかつまんでいくルックに、注意するのを諦めたのか、クロスは一緒に持ってきた布を広げた。
「おいしい?」
「ん。……なにするの?」
「あとはケーキが焼けるの待つだけだから、先にこっちの料理包んじゃおうかなって。早くしないとルックに全部食べられちゃいそうだし」
「……そこまでがめつくないよ、僕」
不機嫌そうに粉のついた指を払って、ルックは尋ねた。
「ねぇ、なんでそんなに気合入れるわけ?」
「年に一度のイベントだもの、楽しいじゃない?」
ルックは楽しくないのと問われれば、首を縦に振れるはずもなく、かと言って楽しいと言うのもなんとなく癪でルックは黙って他の皿に手を伸ばした。















窓の外はすでに薄い橙味のかかった空が広がっている。
もうすこししたら一気に暗くなるだろうな、とジョウイは窓の外を覗き上げた。
「ジョウイー! 飾り取ってー!!」
「セノ、本当に大丈夫かい?」
部屋に置かれたのは天井ぎりぎりまである大きなモミの木。
先日どこぞの貴族様が、「どうせだからこれ使おう」と送りつけてきたものだ。

机の上に更に台を置いて飾りつけをしているセノを見上げて心配そうに声をかけると、大丈夫、と断言された。
本人がいたってやる気なので無理に手伝う気はないが、足元が不安定なので心配ではある。

クリスマスの集まりを今年はセノとジョウイの家でやろうと決まってから、随分とセノが張り切っていて、朝から掃除し始めた部屋は、今はすっかり片づけられ、クリスマスの飾り付けがされていた。
柱からは紙で作った飾りを下げて、机にはテーブルクロスをかけて花なんか飾ってみたりして。

ぐうっと背伸びをして、最後の星をてっべんに置くと、セノは満足そうに息を吐いた。
「できたっ」
「お疲れ様」
「これでいいかな」
「うん、上出来」
微笑むジョウイに嬉しそうに頷いて、セノはゆっくりと台から足を降ろす。
「気をつけて」
「大丈夫ー」
よっと、と床に身軽に飛び下りて、セノはぐるりと部屋を見回す。
飾り終わった入口、壁にかけられたリース、火の入った暖炉、食事の準備がされたテーブル、と視線が移動し、最後にジョウイに向けられる。
「これでおしまい?」
「そうだね、あとは料理がくるのを待つだけかな」
「料理はクロスさんが持ってきてくれるんだよねー」
今年はどんなのかなぁ、とわくわくしているセノに笑って、ジョウイは時計をちらと見る。
時間的にはそろそろ頃合だろう。

今年は会場はセノとジョウイが、料理はクロスとルックが担当することになった。
シグールとテッドはモミの木を調達したのと、実際この面子の中で唯一「当主」としての仕事を持っているのでこれといった準備は免除されている。
……様子を聞くと、誰よりも忙しいというか大変そうだけれど。
隠居していてよかったと思う瞬間である。

その時コンコン、とドアを叩く音がして、セノが嬉しそうに玄関へと向かった。










「「Merry Christmas!!」」


 

 

 

 

 

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クリスマス企画は配布小説でした。
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