後ろから抱きしめられて、問われた。
愛してる?
答えたくとも口は開かない、声が出ないのを承知でもう一度尋ねる。
――ねえ、愛してる?
<黒夢>
否定はしたくない、できない。
けれど肯定をすることが正しいかも分からない。
お前なんて愛していないと、そう告げたらどんな顔をさせてしまうだろうか。
しかし無邪気に愛しているとも言えない、それは事実ではないのだから。
「愛してる? フリック」
ささやかれた言葉に、彼は答える術を持たない。
遠い昔に、離別した。
彼と皆の、希望の星。
その微笑む姿は皆を勇気づけ、死地を何度も共に潜り抜けた。
この人についていけばいいと、頭から思い込んでいた。
「ねえ、フリック」
答えて、と言われても自身の言葉はない。
腐れ縁の相棒がいれば、何か言ってくれるのだろうけれど。
生憎これは夢の中だ――そう、夢の中だと分かっている。
そうでなければこんな事は起きるはずがないのだから。
「……大好きだったのに」
微笑んで背後の人物は抱きしめる腕に力をこめる。
細い、腕。
自分のそれと比べると、驚くほど華奢な体。
確実に相手はこちらを見上げるほどの身長差。
それでも――それでも、自分は敵うと思った事などない。
「ねえ、フリック……答えてよ」
囁いた声は、優しく耳朶をくすぐる。
わずかに触れた肌は驚くほどに冷たい。
――冷たくて当然なのかもしれない。
「お願い」
呟くその吐息は、死者の息。
ここにいるはずもない人。
なぜ、と聞きたい。
今更になって、どうして俺のところに。
そんなに未練があったのか、ならそう言ってくれれば。
そう言ってくれれば、こちらだっていくらでも手段を選ばず対応したのに。
どうして己の内に秘めて、今まで隠れていたのか――
「……答えてくれないの?」
哀しそうに言って、抱きしめていた腕を少し緩め、その指先を唇へと持っていく。
氷のように冷たい指で、そっと固まった唇に触れた。
「どうして……こんな」
やっとのことで口先から出た言葉に、背後の人物は笑ったのだろうか。
「――愛してる?」
繰り返された質問に、口が利けても答えられないことに変わりはない。
腰に回された腕。
それは、あの頃と何も変わらない。
時と共に忘却された記憶。
失ってしまった思い。
今更問いただされても、何を言えばいいのだろう。
当時の自分に聞きたかった。
どうして会ってしまったのだろう?
こんな結末しかなかったのならば、いっそ、会わない方がよかった。
互いに同じ国にいながら、永遠にすれ違ったままで。
それで――そちらの方が、きっと幸せだった。
穏やかな、日常。
平凡な、日々。
それらを今、ようやく手にしたと思ったのに。
過去が苛む。
「……もう、俺はあの頃とは違う……」
慎重に言葉を選ぶ。
「……もう、違うんだ。頼む……」
それは切ない願い。
届かない声。
うめいた彼から、すると腕を解いて、それから背中にそっと手のひらを当てる。
「なんで?」
「……お前は……よくても、俺はもう……頼むよ」
零した溜息。
けれど振り返らない。
振り返れない。
夢だと分かっていても、直面する勇気はない。
「……あれから、何年経ったと思ってるんだ……」
「二十年と、少し」
歌うような声でそう答えた人物は、すると器用に再び抱きついた。
「どうして今更っ……!」
悲痛な声は、届かない。
自分の時は流れても、相手の時は止まっている。
あの時から永遠に、そう、永遠に……。
「いい加減に、してくれ……」
疲れた声に、相手は何の反応も見せない。
「……頼むよ……」
重ねられた懇願に、わずかに腕の力を緩める。
このまま離れてくれるのかと、ほっと息をついた隙を突かれて、正面に回りこまれた。
「フリック」
見上げてくる瞳は、漆黒。
「答えて、一度でいい」
整った顔立ちを彩る髪は、闇に溶けた烏色。
文句なしの微笑を浮かべ、再再度同じ言葉を紡ぐ。
「――僕のこと、愛してるよね?」
「夢にまで出てくるなシグール!! ……ああ、起きれた……」
自分の叫び声で飛び起きたフリックは、ふかーく溜息を吐いてもう一度ベッドに沈む。
ああ、嫌な夢だっ……。
「おはよう、フリック☆」
「!?!?」
隣に、がっちりしっかりちゃっかりと。
黒い悪魔が横たわっていた。
「愛してるー?」
「お前が原因かー!!」
跳ね起きて絶叫したフリックに、坊ちゃんは綺麗な笑顔を見せる。
「……厄日だ」
白い天井を見上げて、呟いた。
***
解釈は適当に。
途中でオデッサだと思ってもらえたら嬉しい。