「くろすーくろすーやだーそばにいてー」
「だいじょうぶだよー、ちょーっとだけトイレにいくだけだからねー」
「いやだーくろすいなきゃいやだー」
「…………」

「……クロス、お前どこからその子さらってきたんだ」
「いやだから、さらったんじゃないってば」

クロスの服の裾を掴んで、べそべそ泣いている幼児を指差して、冷や汗を流すテッドが突っ込む。
「うわールックにそっくりだー☆」
「いつの間に子供なんかつくったのさーあはははは」
「シグールにジョウイ、現実逃避やめてくれない?」
逃避したいのは僕なんだけど。
疲れた顔でクロスがぼやく。

「ほんとーにこれ、ルックなんですか?」
「まあね」

「くろすーやー」

ぼろぼろと涙を落とす子供を包帯の巻かれた手で抱き上げあやしながら、クロスは経緯を語りだした。





<petit-Luc>





ほの暗い部屋で、試験管を片手に実験していたルックが、二種類の液体を持ち上げた。
「えーっと、こっちが成長剤でこっちがその解毒剤っと……」
間違えないようにラベル貼っとこう。
そう言いながらぺたりと二つにラベルを貼った。

「ルックー」

階下から呼ばれて、ルックは顔を上げる。
「おやつだよー」
「今行く」
言葉を返して、二つの試験管をしばらく眺めた後、頷いて両方を手に階下へと向かった。





レックナートはすでに紅茶を飲んでいて、クロスはケーキを切り分けている。
「あれ、ルックなにそれ」
「成長剤」
作ってみたんだけど、と言いながらルックはそれをテーブルの上に置いた。
「だいたい五年から十年成長する……はずなんだけど」
まだ人体実験してないからなんともね。
そう言った彼からレックナートとクロスは若干身を引く。
「……自分で飲むってば」
そこまで無茶言わないよ。
呆れたように言って、ルックはその液体の片方を手に取った。
「え、いま飲むの」
「うん」
わざわざぶかぶかの服着たのは何のためだと思ってるのさ、と言いながら、だいぶ端の余った服をクロスに見せる。
「ちなみにそっちは?」
「解毒剤」

なるほどね、と頷いてクロスは切り分けたケーキをそれぞれの皿の上に置いて、じゃあどうぞと言って腰かける。
頷いてルックは液体を一息に飲み下す。

「ぐっ」
口元を押さえてルックは床に倒れこむ。
大丈夫!? とクロスが駆け寄ろうとすると、片手を上げてそれを制した。
「へい、き、苦しいだけだか、ら」
急激に体を作りかえるのだから、これくらいの副作用は当たり前だろう。
げほげほっと幾度かルックは咳き込んで、ようやくテーブルに手をかけて立ち上がった。

「あ」
「あ」
「あら」

「やった、成功」
立ち上がったルックの身長はクロスのそれよりも高く、呟いた声は低くなっている。
見上げる格好になっていたクロスが、若干目を細めた。
「綺麗だけどかわいくなーい」
「……あのね」
男がかわいいと言われて喜ぶかと突っ込むルックを、眩しそうに見上げていたレックナートがにっこりと微笑む。
「まあ、ヒクサクそっくりですね」

次の瞬間、ルックは無言で解毒剤を一気にあおった。















どさっと倒れた彼を心配して、駆け寄ったクロスが体をゆすると、妙に体が小さい。
最初は大きい服のせいかと思ったが、どう考えても明らかに小さい。

「ちょっ、ルック!」
慌てて体をより激しくゆすると、ぱちりと大きな目が開く。
もとよりずいぶんと濃い色になった瞳が、じっとクロスを見上げていた。
「ルック、大丈夫?」
「…………?」
無言で首をかしげる彼に、クロスは再び尋ねる。
「ルック?」
「……るっく?」
「……レックナート様逃げないでいただけます?」

そろり、と彼の後ろで動く気配がしたのでそう言うと、次の瞬間気配が掻き消えた。
……テレポートしやがった。

舌打ちしたい気分でもう一度向き直ると、つぶらな瞳に長い睫、小さな鼻に白い肌。
さらりとした髪は肩口程度、ぶかぶかの衣類に包まれてちょこんと座っている――
……まっこっとにかわいらしい生物・ルック推定三〜四歳がいた。

「えーっと、ルック」
再び呼びかけてみたものの、返答がない。
嫌な予感が確信に変わる。
「僕の名前は?」
「ふえっ……」
見る見るうちにルックの目に涙が浮かぶ。
整った顔をゆがめて、目をぎゅっと瞑った。
「あ、ごめんごめん……えっと、僕はクロスね」
「…………」

「くーろーす。怖くないよ、大丈夫大丈夫」
「くろす」
「そうそう、えらいねーいいこだねー」
笑顔でなでなでをすると、にこっと笑って抱きついてくる。
「くろすー」
「君はルックね、ルック」
「るっく」
「そうそう」

偉い偉いと頭を撫でて、クロスはさてと溜息を吐いた。















「……ナルホド?」
それで俺らが呼ばれたのか。

納得いくようないかないような説明をもらって、テッド以下四名は溜息を吐く。
「戻す方法はルックしかわかんないよねー」
「だろうな、そもそもこっちが解毒剤って……」
明らかに効果はこっちの方が劇的なような。

空の試験管を振ってジョウイはひっくり返すが、一滴も出てこない。

「君らの中で誰か薬の調合上手い人」
「いるかそんな奇特なやつ」
「だよね、普通魔法使いでもしないって」
「僕ぜんぜんわかんないし」
「……むしろ僕ら当てにしてたわけ?」

いや、そういうわけじゃないけど一応ね。
苦笑してクロスはうとうとしだしたルックを抱きかかえると背中をぽんぽんと叩く。
「さてと、どーするかなー」
「……まさかとは思うが、お持ち帰りはするなよ?」
「しないよ! こんな心も体も小さな子にあれそれする気にはならないよ、自我が残ってるならともかく」
「残ってたらするんだ」
シグールのツッコミに笑って、クロスはソファーの上にルックを横にした。

「さて、皆が専門外なのはわかった」
だけどね、僕もこういう状況は心外なわけさ。
「これがルックとの子供ならともかく、ルック自身だからかわいがるつもりないわけ」
だからね。
「とっとと解毒剤作ってv」
「丸投げか!」
「だって、僕をトイレにすら行かせてくれないルックを君らの誰かに預けたらどうなるのさ」

そう言いながらクロスは自分の両手を四人の前の前に突き出した。
「そういえば気になってたんですけど……」
怪我ですか?
尋ねたセノにクロスは首を縦に振る。
「ルック、泣き喚くと紋章が発動するんだよ」
「Σ( ̄□ ̄|||) なんっつーはた迷惑な!?」
思わず声を上げたテッドを、後ろから冷や汗流すジョウイが塞ぐ。
「静かにっ」
「……悪い」
「昔もそうだったらしいよ、てなわけで僕がいないとこのあたり地獄絵図になるんだけど」

僕に解毒剤作れと?
笑顔で言いやがったクロスに背を向けて、四人は慌ててルックの実験室へと向かった。



ばたばたと階段を登って行く四人を見送って、クロスは眠っているルックの髪を触る。
「……ルック、僕にだけ懐いてくれるのは嬉しいけど、ね」
やっぱりもとの君が一番好きだよ。
そう言って軽く口付けた。





 

 


***
ちびルック。
細かく書くと破壊力が増すので、地味にこんなんで。

幼児にあれそれは犯罪です。





ジョウイ「どの文献だー!?」
テッド「知るか! 先に使った薬品の分析した方が早い!」
シグール「……っていっても、どれ使ったかさっぱりなんだけど」
セノ「ここにメモがあるけど……いつのか日付がない……」
テッド「自分の研究くらい整理しておけあの馬鹿やろうっ」
シグール「ってゆーか、ほっとけば元に戻る……よね」
ジョウイ「……さあ、それはどうだか」
セノ「んもー、このまわり以外埃だらけだよ、ルック掃除全然してない」
ジョウイ「え、埃がない場所どこ!?」
セノ「ここー」
シグール「あ、あったっ、研究メモ!」
テッド「よこせっ、お、薬品ちゃんと書いてある、でかしたセノ」
セノ「よかったー、じゃああとは解毒剤作っておしまいだね」
ジョウイ「……え」
シグール「……これの、解毒剤」
テッド「……誰が作るんだンなややこしいもん……」