<慰安旅行 下>
一足先に宿に戻って部屋でクロスが淹れたお茶を飲んでいると、ジョウイとセノが戻ってきた。
椅子に座って優雅に寛ぎながらにこやかにシグールが声をかける。
「楽しかった?」
「すっごく楽しかったです」
シグールの問に笑顔で答えて、セノはソファにぽすんと座る。
実の所ジョウイに向けた言葉だったのだが、無邪気に返されるとよかったねとしか返しようがない。
まあセノだからいいんだけど。
四人分しかない椅子がそれで埋まってしまったのでジョウイは(言っても無駄だと分かっているので)立ったまま茶を飲みつつ、ベッドで死んでいるテッドに視線を向けた。
メリーゴーランドからちらりと見た感じでは最高に気分の悪そうだったテッドだが、ベッドの上でぴくりとも動かない。
ほんとに死んでるんじゃなかろうか。
「テッド……大丈夫か?」
「……まぁ、なんとか、一応、たぶん」
くぐもった返答をして再びテッドは沈黙する。
……死んでるなぁ。
「シグールは要反省だね」
苦笑交じりに言うクロスに、シグールははーいとしおらしく答えた。
さて、ジョウイとセノも帰ってきたことだし。
「温泉行こっか」
部屋に置かれていた案内を見ながらルックが尋ねる。
「大浴場と露天風呂、どっちがいい?一階と最上階」
「大浴場」
「露天風呂がいいなぁ」
「じゃあ今からはそっち行こうか。夜に下に行けばいいし」
準備しようかと棚から浴衣とタオルを出し始めるクロス。
「……二回も入るの?」
「それが醍醐味。とりあえず浴衣に着替えようか」
浴衣とタオルを各自に放り、ベッドでいまだ寝ているテッドに声をかける。
「テッドはどうする、行く?」
「……行く」
のそりと起き上がって、半眼のままテッドは浴衣を受け取る。
気分が悪い事には変わりはないが、今は先ほどよりも随分楽になっている。
湯に浸かれば僅かに残る胸のむかつきと頭痛も取れる……と思いたい。
というわけで。
「うっわ〜誰もいない」
「……そりゃ、平日だし」
長期休暇でも何でもない時期の平日に温泉に来るなんて、湯治目的の老体か婦人会くらいしかない。
しかもまだ空にある日は高い。
よっているのは六人だけ。
「貸し切りって気分いいねぇ」
湯船に浸かって極楽極楽、とシグールが呟く。その頭にはたたんだタオル。
……年寄り臭いがお約束である。
ばしゃばしゃと足で湯を蹴り上げるシグールに、ぺしりと軽くチョップを入れた。
当然そんな事ができるのはテッド以外にいない。
「泳ぐなよ」
「えー」
一般マナーくらい守ってくれ、と疲れたように首まで浸かる。
「じゃあ潜る?」
「その前に底に頭ぶつけるのがオチだぞ」
それでもお湯のおかげで血行が良くなったのか、突っ込む程度の元気はでてきたらしい。
「ジョウイーここ泡が出てるー」
「ほんとだね」
別の湯船で泡が下から出ているのを見つけてセノは楽しそうにその中に入っていく。
ジャグジー風呂である。
「気持ちいい〜」
「なんか変な感じがするな」
下から押し上げられるというかなんというか。
余談だが、寝湯でジャグジーがある所もあるが、身長が足りないと骨に直撃を食らって非常に痛い。
少し騒がしめな中湯とは別に、クロスとルックは外にある露天風呂でのんびりしていた。
……早々に騒ぎから抜け出したかったのか。
他に誰も入ってこないのをいい事に散々遊んで三十分。
ようやく出た六人は、濡れた髪を乾かして部屋に戻る事にした。
「っわ」
「大丈夫?」
立ち上がった拍子に浴衣の前を思い切り踏んでしまって躓きそうになったルックを、クロスの腕が押しとどめた。
それに縋ってなんとか転ばずに済んで、ルックは跳ね上がった鼓動を宥めようと大きく息を吐き出す。
ふと、微妙な笑みを浮かべるクロスに気付いた。
「何?」
「いや、大胆だなぁって」
その言葉に首を傾げて、視線の向けられている方に視線を下げて。
「……バカクロスっ!」
がんっと思い切りよく殴られた。
痛いなぁと笑いながら崩れた襟元を直してあげているクロスを見て、テッドが一言。
「……ばかっぷる」
さて、温泉といえば。
「卓球でしょう!!」
「……ここ、ないってさ」
「えー」
せっかく楽しく遊べると思ったのに、と口を尖らせるシグールの横で、ジョウイが安堵の息を吐く。
こういう時に餌食になるのはもっぱら彼なので、当然の行動とも言える。
しかしこの後、寝る前に枕投げという一大イベントが待っているのを、すっかり忘れているジョウイであった。
***
元ネタは浅月が中学の同級生と行った卒業旅行。
私はテッドでした、コーヒーカップに負けた orz
寝湯のジャグジーは尾てい骨直撃か頭を空気枕にするかの究極の選択でした(やらなきゃいい