<優しき思い>





まだいたんだ、と呟いてルックは摘んできた花を無造作に投げる。

「おんしは、変わらんのう」

呆れたような相手の口調に、あんたこそ人の事言えないじゃないかと眉を顰めて言い返す。
肩にかけたマントを春の風に翻し、シエラは深い瞳で墓前の前に立っていた。

「ルックは、毎年?」
「……気が向いたらね」

黙祷していたらしきクロスが目を開けて問うと、憮然として返す。
僅かに動いたその瞳が彼の思いを雄弁に物語っていて、クロスは微笑む。

「綺麗な場所だね」
「あやつもそう言うておった」
シエラの目が無造作に大きな桜の木へと向けられる。
「幼い頃によく登ったそうじゃ」
その目が僅かに細まり、優しげな色を宿す。
ああ、笑っているのだなと、二人は思って沈黙する。

誰かを思って笑うその横顔は綺麗だ。
そして、とても儚いのだろう。

「それにしても、クロスまでとはどういう風の吹き回しじゃ?」
「……ちょっと悪戯のついでにね」
相変わらずじゃのうと言ったシエラは、白く磨き上げられた墓石に無造作に腰かける。
墓石ってのは腰かけるものじゃないだろうとクロスは呆れたが、ぶらぶらと足を揺するシエラを見てはっと目を見張る。
その仕草は、彼の膝に腰かけた時と同じで。

愛しそうに墓石を撫でながら、シエラは呟く。
「クロスよ」
「うん?」
「あの若造二人はどうしているかのう」
「献血の準備はできてるよ」
シエラの意図を汲んだルックが秒速で切り返すと、シエラの口唇がゆっくりと吊りあがる。
「久しぶりに美味い食事がしたいものじゃ」
「……ルック」
「僕には無害だ」

まあそうだねとクロスが肩を竦めて、三人は墓石に背を向ける。
桜の花びらが散る下で、白い墓に添えられた。
彼の髪の色の花が揺れて。
はらはらと空へ飛んでいく。


「……あのさ」
「なんじゃ」
「…………」

「人は移ろうもの。今は思い出に変わり、それはいつしか古びてゆく」
朗と何かを暗唱するような声で、シエラはルックの声なき問いに答える。
「別れは必須、幸せは一瞬、寂しさは永遠、それでもわらわはこれを捨てぬ」
捨てぬよ、と呟く。
「それにのう、忘れぬこともある」

小童には難しい話だのうと悠然と微笑み、シエラは髪を靡かせる。

「それに、忘れても構わぬのじゃ」
「なん、で」
「幸せであったことを覚えておれば、いつでもまた幸せになれるからのう」

そんな事も分からぬとは、あと数百年は精進せい。
流し目で笑われ、ルックは黙った。
「なになに、何の話?」
「おんしには関係ないのう」
「えーっ? ルック、何の話だったの?」

「……秘密」

ひどーい、と講義するクロスの声を聞き流し、ルックは一瞬振り返る。
陽光に照らされた白き墓を。



「いい、な」
口端に上ったのは羨望の感情。
「いつか」を想像するだけで恐怖に捕らわれる自分はまだ、シエラの言うとおり精進が足らないのだろう。
乗り越えて優しく微笑む時など、けして来てほしくないけれど。

 

 




***
……番外編で……(逃走
太陽暦820年ぐらいでしょうか。ササライ苛めた帰り道。